本日の書
2016年11月11日 0:01

最近の「書」には額装、軸装に神経を使わなくなった。
馬子にも衣装が無くなってしまった。
と同時に、裏打ちの時、作品そのものに墨が腐っていて、汚れたまま表具してしまう輩がいる。
これには耐えられない。
「書」はどこまでいっても神経を使わなければいけない。
老泰
2016年11月1日 0:00

時々、ガツンと書きたくなる。だからと言って、むやみやたらと書いてはいけない。楷書美学の追究が必要。
その楷書美学とは何だろう。まだまだ、何かを欲している状態である。
まるで龍門の前に立っているようなもの。一歩踏み入れる事が…。
門の中には何があるんだろう。
老泰
2016年10月20日 12:00

巖は高い巌(いわお)。
邃は奥深い。
巖邃は険しい山に奥深い洞窟がある。転じて険しく深いと意味される。この言葉は楷書に適しているだろう。線質の奥深さと、崇高な楷書を求めているつもり。。しかしまだ五合目くらいか。
「書」は厳しくなればなる程、良いものが書けると信じている。徹底的に悩むべきであろう。これで良しと思ったら駄目になり、所詮、小さな山にすぎない。
老泰
2016年10月7日 19:37

早咲きの梅が高い枝に花開き、楚の青い空に照り映えている。北風が夜の梅の香り漂わせ、たくさんの霜が明け方の白い花びらをうるおす。万里の彼方へ送ろうと思っても、あまりに遠く山水が隔てている。寒中に咲く花はそぞろに散り落ちていく。どうやって遠来の客(作者)を慰めてくれるのか。
柳宗元(りゅうそうげん)
自然詩人として名を馳せた。散文の分野では、韓愈(かんゆ)とともに宋代に連なる古文復興運動を実践し、唐宋八大家の一人に数えられる。
作品題材からすれば季節はずれかもしれな。ただ、この書風は穏やかに書けたもので掲載した。この書風は、二代・泰麓の書風を若干取り入れ、楷法は先代・泰雲のものを受け継いだ筈……。
老泰
2016年9月27日 13:20

縦30㎝×横80㎝
「書」を書く時、何を考え、何を思って書くか。
この二文字はそれ以上の事を思わせるかもしれない。
「神佛」は、自分ではかなりの緊張感をもって書いている。
その緊張感こそ「書」の根源である。
文字を愛(め)で、神佛に対し一字礼拝の如く。
老泰