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葉隠

葉隠

「葉隠」(はがくれ)とは、江戸中期の武士の修養書である。「葉蔭」とも言われ、葉の蔭となって見えなくなることを意味する言葉であるために、蔭の奉公を大義とするという説もあるが、諸説あろう。私自身は、この言葉が好きである。「書」は武士道精神も拘わっているのではと思う。初代・柳田正斎は千葉周作を友としていた事を先代・泰雲から聞かされた。千葉周作は北辰一刀流の流祖である。その剣の名人と正斎がどんな関係かは定かでないが、どこかロマンを感じる。

我々が学ぶ基本運筆に「剣垂」と呼んでいる言葉がある。剣の如く真っ直ぐ下に引いて書くのである。また、これは私の持論であるが左払いは、日本刀の如くイメージして書く事も教えている。昔、友人から由緒ある木刀を頂いた。数年前までは、その木刀を机の脇にちらつかせていた時期があった。それは「剣の如く」の「書」を欲していたから・・・。

さて、話はそれてしまったが、この武士道は日本人にとって大切な言葉ではなかろうか。「佛教・儒教・道教」に合わせ武士道も不可欠なものである。その気持ちを持って「書」に打ち込むのが、私の「書」の理想である。そして、葉隠れの如く、「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」と言っては大袈裟ではあるが、一本一本の線には魂が欲しい。

この話、少なくとも私の脳裏には確り定着している。ただ、まだまだその域には到達していないのも事実である。一度くらい、「死に物狂い・・・」「死ぬほど・・・」楷書に打ち込まなくてはならない。確かに若い時、何万字も書いた時があったが、その時には、師である泰雲がいて「量を書けば良いというものではない」と一笑に付された事があった。それが数年前に「なるほど・・・」と合点がいった。

遅かりしかもしれぬが、この「葉隠」を読み、ふと自分の処し方に想いが走った。

(機関誌 泰斗令和四年十一月号 巻頭言より)

葉隠

Youtubeチャンネル「書人柳田泰山」その27

今回は~赤ちゃん命名式~です。

よろしければ御視聴・チャンネル登録よろしくお願い致します。

福岡 柳田泰山書展「神の道」開催のお知らせ

この度、縁あって、福岡で書展を開催する運びとなりました。

今年、上野の森美術館で第二十八回泰書展を開催致しました折、特別展として「アート展」と称し、今までとは違った観点の小展覧会を開催致しました。

書道の概念は文房四寳(墨・筆・紙・硯)から成り立っているものが筋でもあります。然し、近代において文房四寳を使用しながらもモダンアートにと言う表現で「書」の領域が広がりました。賛否両論はありますが、芸術の域としては決して否定も出来ないと私は思っております。ただ、本筋の「書」そのものの鍛錬を怠ってはいけない事も事実であります。

「書」の一点一画は、部分として見ますと美しい線が画かれているのもあります。最たるものは、日本の書芸術として仮名世界がそうではないかと思います。以前、その仮名の線の一部を切り取り拡大をしたところ、一本数ミリの中に活き活きとした線を発見することも出来ました。

現在、楷書を中心とした試行錯誤が顕著になっており、今後の「書」に如何に対峙していくかの模索の心境になっております。今回の様な一つのきっかけで、小さき世界の発見があり、そこから原点回帰に繋がる事を意識しつつもあります。今回の書展は自分に対しての新たなる挑戦の一歩、それが、どの様に「楷書」の道に繋がるかの期待感もあります。

初めての九州での書展、どうか九州・福岡に在住のお知り合いがございましたならば、お知らせして頂き、ご高覧頂ければ幸いです。

私自身、十一月三日(木・祝)・四日(金)の午前十一時より午後五時まで会場におります。お声をかけて頂ければ幸いです。