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今 何をすべきか

 昨今の新型コロナウイルスの件で心痛が絶えません。これは誰もが感じていることでしょう。これほど「人間はもろいのか」いや「社会がもろいのか」。微小なウイルスで世界が混乱をきたしています。今、世界は何をおいてもこの問題を早く解決するべきでしょう。戦争、国と国の諍い、小さく見て・・・日本の国会。別な問題ばかりに振り回されている気がします。今はそんな事を言っていられない状況です。人の命にかかわっています。昨年の台風の傷跡がまだ残っている・・・その対策すら滞っている現状。やはり自治体、国が攻められても仕方ありません。現に泰書會会員でも困っている人がおります。

 人間は弱いものです。それでも希望を持とうとします。あの不幸な阪神淡路大震災、東日本大震災などでも立ち直ろうとしています。凄い力です。人間の素晴らしさでもあります。然し、今回は人類の存在を脅かしかねない大事件です。社会に疎い一書人がつまらぬ戯言を書いていますが、小さな自分の心の中で、大きな問題として受け止めています。

 今では、この様な状態で「書」を書き続けていいものか不安すら感じております。そしてとどのつまり、自分の事しか考えていない気がします。この瞬間、自分は一体何をすべきか・・・。 この泰斗が発行された時、少しでも収束している事をただひたすら願い、祈るのみです。

今 何をすべきか

5月20日

「書」とは一体何であろうか。

実のところ私自身も迷うところがある。まずは書く事が好き。それに伴う知識が豊かになれば尚のことよい。では、「書」の知識は人生に於いて役に立つのか。余り役には立たないであろう。ただ、書家として継承しなければいけないという思いが強いから「書」への傾倒は必然的になる。また、生意気にも「先代が築き上げたものを偉そうに私が継承するなんて烏滸がましい限りである…」と思いつつ今日まできている。

世の中、政治・経済・文化の三つが成り立たなければ国家でないと嘯いていた時もあった。その文化の担い手として豪語している部分が見え隠れする。然し、気が付けば、それすら関係ないことである。ただ、只管信じた道を歩むだけである。それが書家であろうが、愛好家であろうが、凡人であろうが、その道を歩まなくてはいけない。やはり「偉そうな戯言はひかえるべきである」と反省もする。

人の為、世の為、自分の為、柳田家の為。どれでも構わない。その「為と言う言葉すら、あやふやなものはない。人は、日々慌ただしく過ごしている。それ相応に生きている方も大勢おられる。そこから学ぶ事も多くある。その方々に尋ねたい。人生って…。

ただ、神様、佛様が実在していれば、大いに感謝すべきであろう。でも見たこともない神佛に対し何を感謝すべきか。一つ言えることは、今日まで生きて来られたのは何かの力であろう。その何かに感謝するべきかもしれない。

「書」の魔力に魅入られた書人の戯れ事である。