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第二十七回泰書展を迎えて

逾々、待ちに待った泰書展が開催される。この様な状況で開催とは苦慮の末の決断であった。そしてコロナ禍に負けてはいけないと自身に言い聞かせながらの日々も続いている。正直言って開催日まで心配の種が尽きない。ただ、自分の事ばかり言ってはいられない。多くの方が大変な思いをされている。

泰書展について言えば、今回、百二十数名の方が出品された。これは敬服に値する。昨年、開催できず、二年越しの作品制作となった会員もいる。途中で挫折された方がいたり、やる気が失せてしまった方もいた。これも仕方のない事である。それでもこれだけの方から出品して頂けた。改めて心より感謝したい。

最近、泰書展の作品指導をしながら「稽古」とは何か・・・を考えさせられた。

「稽古」という言葉は、中国・「書経」の中にある。日本では『古事記』太安万侶(おおのやすまろ)(飛鳥時代から奈良時代にかけての貴族)序文末に「稽古」があり、その意味は「古(いにしへ)を稽(かむがへ)る」ことである。日本武術などの形練習においては、過去の達人であった者の足跡、残した理想的な形に近づくべく修練することをいう。武道、芸能に限らず、親方や師匠が教えることを、「稽古をつける」という。また、単に学んだことを練習することも稽古という。いずれにおいても、稽古を積み研鑽を重ねることによって実力をつけていく。

今回の指導は正に「お稽古」と言った感がある。練習の積み重ねで一定のレベルに上げていく。それを二年越しで書き上げた事になる。皆、立派であった。それに引き換え私は六十五年「お稽古」をしてきたのに未だその域に達していない。これだけ立派なお弟子さんがいるのに、私は一体何をしているのであろう。

今年の泰書展は、お弟子さんから励ましの力を頂いた様な感じもした。

第二十七回泰書展を迎えて

第27回泰書展(8月26日〜31日)

東京上野の森美術館にて、第27回泰書展が開催されます。

準備中の会場の様子と、泰山先生から御挨拶。

宜しくお願い致します。(HP更新担当)

Youtubeチャンネル「書人柳田泰山」その9

今回は【見るだけ書道レッスン】半折で書く緊張感と魅力について先生が教えます。

半切の執筆を上から撮影しております。

よろしければ御視聴・チャンネル登録よろしくお願い致します。

1月30日

正信念仏偈は、親鸞の著書「教行信証」の「行巻」の末尾所収の偈文。一般には略して正信偈の名で親しまれています。真宗の要義大綱を七言句の偈文にまとめたものです。
「念仏の教えを正しく信ずるための道理を述べた歌」という意味であります。
私達、「書」の世界では、あまりこの様な経文(偈文)を書く人がいません。これからも、この様な素晴らしい内容の経文を多くの方に知って頂きたいと念じています。
柳田泰山 記(泰斗令和2年1月号より)

1月20日

昔から色々な分野に職人と呼ばれている方がいます。そこで「書」の文やの職人とはありえるかを考えました。筆と墨を扱う職業には「お習字の先生」「百貨店等で筆耕業務をされている方・看板書き」「今流行の御朱印帳に書く方」「コンピューターを使っての筆文字を表現する人(これは現実の筆と墨を使っていないが・・・)」そして「書家」、など枚挙に遑がない位、多くの方が筆・墨・紙を駆使して生業としています。意外と多いものと感じました。考えてみたら凄い事でもあります。日本人である以上、漢字・平がな国として当然のことではありますが、それに携わっている方がたくさんいる事は事実です。
さて、「職人」と「書家」の違いとは一体なんでしょうか。以下はあくまでも私の持論です。
まず、「職人」は与えられたものをコツコツ製品化する人。そこに感情や精神論を入れない。職人の方から文句を言われるかもしれませんが、一つ一つの製品に魂、感情を入れていたら躰や心が持ちません。だからこそ「職人」は大変なのです。自己を捨てる事になります。これは考えさせられてしまいます。人間には感情があるのですから・・・。そこでロボット、AIの登場となります。そこには魂、感情がないわけですから。
では、筆・墨等で仕事をされている方々は職人なのかそうなのか?なかなか判断が難しく思えます。
問題は「書家」と称する人たちです。書家はそこに歴史的背景、漢学的要素、芸術的要素、思想的要素、宗教的要素などを含んでいなければならないと思います。これは現代では古い考えであるかもしれませんが、絶対必要なことでしょう。私自身は書道芸術を唱えながらの書道人生を歩んでいます。然し、職人的な要素が多少は入ってしまっているのではとも思っています。
「職人」と「書家」の境はないのかもしれません。本人の心掛け次第かもしれません。ただ、どちらでも少なくとも与えられた仕事をしっかりと完成させることが大切です。

1月15日

奉納作品は人様のご縁、お寺とのご縁で成り立ちます。ですからまず人ありきになります。今回は、泰書會関係の縁で、御奉納が決まりました。日頃のお付き合い、私達の姿勢を理解されての事と思います。誠に有難いことです。
今回の理趣経は、筆の選択に苦労がありました。筆によってこのように違うのかも勉強になりました。
三千字の「書」をほぼ一万字以上書いて纏まりましたが、筆一本でよく持ったと感じました。筆に感謝です。
柳田泰山 記(泰斗令和2年1月号より)
また、この度「般若理趣経百字偈」と「院号額」も同時に納められました。

(写真参照)