News
Youtubeチャンネル「書人柳田泰山」その119
今回は~【YouTubeコメント返します※後編】柳田流独自の字の形とこれからの「書」の在り方について答えます!!~です。
よろしければ御視聴・チャンネル登録よろしくお願い致します。
Youtubeチャンネル「書人柳田泰山」その118
今回は~【YouTubeコメント返します】柳田流の書風やポイント、基準や文房四宝について答えます!!~です。
よろしければ御視聴・チャンネル登録よろしくお願い致します。
Youtubeチャンネル「書人柳田泰山」その117
今回は~【人のために書くとは】リクエストがあったお祝い事に使える喜ばれる四字熟語を書きます。~です。
よろしければ御視聴・チャンネル登録よろしくお願い致します。
Youtubeチャンネル「書人柳田泰山」その116
今回は~【日本橋書道教室】泰書會の会員と「書」の思い出と出会いを語る。~です。
よろしければ御視聴・チャンネル登録よろしくお願い致します。
Youtubeチャンネル「書人柳田泰山」その115
今回は~【四大家を書く】九成宮醴泉銘の臨書に挑戦します。~です。
よろしければ御視聴・チャンネル登録よろしくお願い致します。
ご挨拶
ご挨拶
新年あけましておめでとうございます。
旧年中は皆様より温かいご支援とお力添えを賜り、お陰さまで百寺納経の節目を迎えることができました。改めて心より御礼申し上げます。
本年は丙午の年にあたります。できれば駿馬のごとく颯爽と進みたいところではございますが、今の私は、むしろ「馬翁(ばおう)」のように落ち着いた歩みを大切にし、年齢相応に静かな時間の中で「書」と向き合ってまいりたいと考えております。
一般に「書」は七十代が円熟期とも語られます。しかしながら、私にとってその境地はまだ遠く、今なお自信の揺らぎが胸をよぎることもございます。何を求め、どこへ向かおうとしているのか、自問自答を続ける日々です。ただ、人の心は単純に「ポジティブ」「ネガティブ」と分類できるものではなく、その両面を抱えながら歩むことこそ、人間らしさの証であると感じております。歳を重ねても心が揺れる・・・。それは決して私だけでなく、きっと皆様お一人おひとりにも通じるものがあるのではないでしょうか。
泰書會の「書」にご縁のある皆様には、単なる「お習字」にとどまらず、書道という深い世界を、ご自身の感性を通して味わっていただければと願っております。また、泰書會を温かく応援してくださる多くの皆様におかれましても、今後とも変わらぬご支援を賜りますようお願い申し上げます。
日本と中国、それぞれの「書」の文化が、まるで虹の端のように結び合い(先日、唐招提寺での奉納儀の帰りの道中でその虹がくっきりと浮かんだのは、佳き思い出の一コマとなりました)、豊かに響き合う未来を共に見届けていただけましたら幸いです。
(機関誌 泰斗令和八年一月号 巻頭言より)
活動
- 2025年12月
- 2025年11月
- 2025年10月
- 2025年9月
- 2025年8月
- 2025年7月
- 2025年6月
- 2025年4月
- 2025年3月
- 2025年2月
- 2025年1月
- 2024年12月
- 2024年11月
- 2024年10月
- 2024年9月
- 2024年8月
- 2024年7月
- 2024年6月
- 2024年5月
- 2024年4月
- 2024年3月
- 2024年2月
- 2024年1月
- 2023年12月
- 2023年11月
- 2023年10月
- 2023年9月
- 2023年8月
- 2023年7月
- 2023年6月
- 2023年5月
- 2023年4月
- 2023年3月
- 2023年2月
- 2023年1月
- 2022年12月
- 2022年11月
- 2022年10月
- 2022年9月
- 2022年8月
- 2022年7月
- 2022年6月
- 2022年5月
- 2022年4月
- 2022年3月
- 2022年2月
- 2022年1月
- 2021年12月
- 2021年11月
- 2021年10月
- 2021年9月
- 2021年8月
- 2021年7月
- 2021年6月
- 2021年5月
- 2021年4月
- 2021年3月
- 2021年2月
- 2021年1月
- 2020年12月
- 2020年11月
- 2020年10月
- 2020年9月
- 2020年8月
- 2020年7月
- 2020年6月
- 2020年5月
- 2020年4月
- 2020年3月
- 2020年2月
- 2020年1月
- 2019年11月
- 2019年10月
- 2019年7月
- 2019年6月
- 2019年5月
- 2018年3月
- 2016年9月
- 2016年7月
2024年7月
7月30日
美は乱調にあり 諧調は偽りである
大杉栄(思想家)・伊藤野枝の発した言葉で「美は乱調にあり 諧調は偽りである」があり、瀬戸内寂聴師がそれを解説したものがある。それは決して瀬戸内寂聴師が発した言葉ではない。これらには深い意味があり、私のようなド素人には解説出来る代物ではない。思想的に、闘争の中で、征服が生の拡充を邪魔し、反逆、破壊から「諧調はもはや美ではない。美はただ乱調にある。諧調は偽りである。真はただ乱調にある」・・・。「でも実は諧謔=秩序には美がある。そして乱調=混沌にもまた美はあると。美の多様性または多存生が現代では当たり前」・・・と解説された本もある。かく言う私が、この巻頭言で何を言わんかが不明瞭となってしまっている。今の知識では難しい。だから単純に考えてみたい。
「濫觴」と言う言葉がある。「物事の始まり。物事の起こり。起源」と言った意味である。よって造語として「美は濫觴にあり」と思いたい。決して「乱調」ではない。「破壊」もあってはいけない。私自身の大いなる勘違いであるが、とにかく、美しいものには、それなりの根拠があり、それは自然界の法則から、人間が創造したものでもある。本当の美は、本当の「原点の美」「濫觴」を熟してから語られるものでもある。
中国晋代に王義之・蘭亭序がある。真跡は唐代の昭陵へと収められ、その本当の姿は、おびただしい数をつたえる拓本・紙本の向こうに見えかくれするばかり。ミステリアスな蘭亭序。その一節に「契事を修むるなり」がある。その宴に参加する前に、川の畔で水を浴び、厄を払い、汚れを除く禊ぎの儀式をしたと言われている。あの様な宴席での名筆の根本は「禊」である。
「書」の根本は「禊」であって貰いたい。
(機関誌 泰斗令和六年七月号 巻頭言より)
