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今 何をすべきか

 昨今の新型コロナウイルスの件で心痛が絶えません。これは誰もが感じていることでしょう。これほど「人間はもろいのか」いや「社会がもろいのか」。微小なウイルスで世界が混乱をきたしています。今、世界は何をおいてもこの問題を早く解決するべきでしょう。戦争、国と国の諍い、小さく見て・・・日本の国会。別な問題ばかりに振り回されている気がします。今はそんな事を言っていられない状況です。人の命にかかわっています。昨年の台風の傷跡がまだ残っている・・・その対策すら滞っている現状。やはり自治体、国が攻められても仕方ありません。現に泰書會会員でも困っている人がおります。

 人間は弱いものです。それでも希望を持とうとします。あの不幸な阪神淡路大震災、東日本大震災などでも立ち直ろうとしています。凄い力です。人間の素晴らしさでもあります。然し、今回は人類の存在を脅かしかねない大事件です。社会に疎い一書人がつまらぬ戯言を書いていますが、小さな自分の心の中で、大きな問題として受け止めています。

 今では、この様な状態で「書」を書き続けていいものか不安すら感じております。そしてとどのつまり、自分の事しか考えていない気がします。この瞬間、自分は一体何をすべきか・・・。 この泰斗が発行された時、少しでも収束している事をただひたすら願い、祈るのみです。

今 何をすべきか

6月6日

泰書会主催・泰書展出品者に対する言葉

作品制作は練習期間を含めると、最低六ヶ月は要する。勿論、内容によって違う。いずれにせよ長い期間を必要とする。作品内容の選択に当たっては、現の自分にとってどの様なものが最適かと慎重に考えなければいけない。その中には、やや背伸びをする位の心づもりも必要であろう。ただ、自分の力量では無理な内容を選ぶと思わぬ苦労をする場合がある。然し、その苦労も自身の糧となる。そして古典臨書ではその選択の適不適が結果的に大きな影響がある。ただ、泰書展の場合、柳田楷法を中心とした制作が多いので、臨書は十分に経験を積まれた方に勧めている。その判断も難しいが、今までの過去の泰書展作品は相応の結果が出ているのは事実である。

さて、泰書展(書道展)に出品する意義とは。
第一に、出品者が大きな進歩の跡を示すこと。
第二は、一人の人間として最大の努力をしたという体験を持つこと。
これは人間形成にも大いに役立つとも思える。
第三は、芸術とは何かを「書」を通じて知るチャンスを見出すこと。
この三つの要素が泰書展出品の意義となる。

お稽古事は、まずその人の価値観から生ずる事になる。ただ単に、自分の名前が上手く書きたいだけの目的、その延長に「書」の奥義を知る場合があるが、それはかなり遠回りともなる。泰書会は始めから「書」の奥義、芸術としての「書」を感じとってもらう事を第一としている。だからこそ、私自身もその意義を信じ、皆に指導が出来る。名前、宛名書きが目的の方には、この考え方は理解しがたいだろうが、折角「書」を嗜むのであれば、次元の高いものを求めて貰いたい。それが、泰書会の趣旨、泰書展の意義と繫がる。
今年の第二十六回泰書展がとても楽しみである。と同時に多くの参加者に心より感謝、労を労いたい。

令和元年六月吉日