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Youtubeチャンネル「書人柳田泰山」その108
今回は~【本邦初公開!!】籠文字を使った書道の上達方法を教えます。~です。
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今回は~【墨の濃淡】楷書で3パターンの濃淡をお見せします!!~です。
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今回は~【ついに南ヨーロッパ進出】フランスで席上揮毫をして来ました!!~です。
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今回は~【扇子編】書家の色んなお仕事に密着しました。~です。
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今回は~【書道の裏側】大字の準備から書き終わりまでを見せます!!~です。
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「書」を見ること、観察する事の違い
「書」を見ること、観察する事の違い
巷の書道教室や、泰書會書道教室においても、「よく手本を見なさい」という言葉が常套句のように繰り返されている。だが果たして、それは本当に正しい指導と言えるのだろうか。
近頃、私はこの「手本の見方」そのものに違和感を覚えるようになっている。「手本通りに書く」とは、一体どういうことなのか。確かに、そのように言ってしまえば話は簡単に済むのかもしれない。しかし、それで本当に良いのだろうか。
たとえば、書道界において最高峰の名筆と称される『蘭亭序』がある。その芸術性には、確かに深く頷けるものがある。また、楷書の模範として名高い『九成宮醴泉銘』は、楷書を学ぶ者にとって必ず習得すうべき手本とされている。これら二大名品は、書道の頂点に位置する存在であることに異論はない。
では、学ぶ者はどのような姿勢でこれらに向き合うべきなのか。やはり「手本通り」に学ぶべきなのか。
一方では、宴席で書かれた即興の書であり、他方は唐の太宗皇帝の勅命により書かれた荘厳な碑文である。これら二つの書には、我々凡人には計り知れない深淵な世界が広がっている。したがって、「手本通りに書く」ことは、そもそも不可能なのではないだろうか。
ここには、「ただ見る」ことと「深く観察する」ことの大きな違いが出てくる。時代背景や筆・墨・紙の性質、それぞれの用具の妙味を深く理解しなければ、その本質には決して迫ることはできない。そして何より、「書」を書いた人物の思想や生き様に思いを巡らさなければならない。王義之の人生、歐陽詢生き様を知らずして、果たしてその書を理解したと言えるのか。
ただ漫然と見るのではなく、心を込めて観察すること。そこにこそ真の学びがあると、私は強く感じている。
(機関誌 泰斗令和七年十一月号 巻頭言より)
Youtubeチャンネル「書人柳田泰山」その124
今回は~【第三十一回泰書展】酷暑の厳しい今年も開催!!みなさんも是非遊びにきてください!~です。
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9月9日
第二十八回泰書展を迎え
今年も、コロナ禍ではあるが泰書展の開催を決断した。ただこの原稿執筆中にも感染が以前のように広がってきている。誠に不安な状態である。
人はいかなる困難があっても挫けてはいけないと思いつつ、流石に狼狽もしている。先が見えぬ…。周りを見渡しても危機感が薄れていると感じているのは自分だけであろうか。一体どうしたものか。
社会的に見たならば文化的な企画等は弱いものである。政治、経済が優先であるから。そんな社会の仕組みの中でいかに生き、貫き通すかは、それぞれの考えである。
私自身、日本橋で教室、事業を展開しているが、スタッフ一同も不安な毎日を過ごしている。ただスタッフの、何かを信じ行うべき事は行う姿勢は、私にとっては有難い。会員を信じ、スタッフを信じ、友人を信じ、世の中を信じ、神仏を信ずるしか方法はない。
最近、神仏に合掌するが如く、「書」に専念している。書く事によって、心の何かが癒やされている自分がそこにいる。恥ずかしい事だが、この歳になって新たなる歓びさえ感じている。たとえこんな状況であっても書かなくては前に進まない。企画に翻弄、社会に翻弄され、そして奔走しても、私の力ではどうにもならない。であれば書く事によって克服するしかない。
どこからか・・・「お前なんかいい方、コロナで生きるか死ぬかの人々が沢山いる・・・悠長なこと言って・・・」仰る通り。
では、何をしたらいいのか。やはり書く事しか考えられない。今回の泰書展の作品の大多数がコロナとの戦いの中で書かれている。
これにも敬意を表したい。だからこそ自身もそれに応えて行かなくては、心が収まらない。
出品された皆様には、世間の常識を踏まえた上で判断し、泰書展を想って書かれた事に対し感謝申し上げたい。
(機関誌 泰斗令和四年九月号 巻頭言より)
