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是非に及ばず
是非に及ばず
いい言葉だと思った。これを「書」の上での例えとして、私の思いを述べてみる。ただ見当違いな場合もあるが、そこは許して貰いたい。
最近の出来事に、経文の失敗が続いてしまった時期があった。珍しいことである。普段なら、せいぜい一枚か二枚、四、五百字ほど書いたところで、文字の書き違いが生じる程度である。それも、筆が馴れて軽率な心で間違える。ところが今回は、四枚続けざまの失敗であった。さすがに自分の愚かさが、身に滲みて感じられた。
これを修行というならば、この歳では無意味にさえ思える。若いうちの修行はいくら積んでも将来があるが、晩年ともなれば、かえって厄介なものとなる。一瞬にして、これまで積み重ねてきたものが、すべて気泡のように消えてしまう感覚に陥る。それでも、歩みを止めるわけにはいかず、なお経文を書き続けなければならない。
折しも、新聞のコラムに織田信長の「是非に及ばず」の言葉が紹介されていた。ふと、我に返った気がした。「善悪を論じる余地もなく、避けられない状況をそのまま受け入れること」との解説である。
とはいえ、現実には、改めて筆を取ることが怖くなった。また失敗するのではないか、その不安が先に立つのである。今の状況下では、よほど覚悟が必要であろう。これだけ長年、経文を語るように書き続けてきたにもかかわらず、このような状態に陥るとは、精神力、集中力、忍耐といったものすら無用に感じられてしまう。それでもなお、「是非に及ばず」と受け止めるより他に、道はないのであろうか。
(機関誌 泰斗令和八年二月号 巻頭言より)
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6月10日
「可能性」
芸事でも、スポーツでも練習はウソをつかない。但し、必ずしも練習をすればうまくなるとは限らない。練習のコツを摑むのも
大事であろう。世の中、基本が存在する限り、それを踏まえ練習、本番に臨まなくてはいけない。基本を外すことは出来ない。存
在する以上・・・。上手くなる為のコツは人によって違う。少なくとも「書」を書く人に下手はいない( ただ乱暴に書くのはいけない。奇を衒う事もいけない。それは下手な「書」である)。本人が真剣に書けば、それは個性である。だからこそ下手であっても基本を練習するべきである。器用にこなす人は、それに甘んずる事無く、もっと徹底的に練習するのがよい。自分がこれだと思うきっかけがあったならばそれをも徹底的に書くのもよい。その結果、時間をかけてそれを積み重ね上手くなると信ずるべきであろう。そこに真の上手さが出てくる。己を信ずる事も大切である。
愚痴は「書」の上では禁句である。それは、ただそこから逃げたいだけで、そんな言い訳は通じない。「書」に壁、スランプはない。心の弱さが言い訳として出てしまう。反対に「書」には可能性も沢山ある。「書」には色々な書体・書風があるから。最後にはそこに行きつけば良いのである。
時代錯誤かもしれない戯言である。ただ、自身は信念を持って「書」に臨んでいる。挑戦もしたい。若い時は体力があり、無闇
矢鱈書いていただけ。今は歳の重みを感じながら書かなくてはいけない。
今、会員で泰書展の作品を制作されている方々にエールを送りたい。その泰書展は会員諸氏にとっては一年の集大成でありたい。
そこには新しい自分も発見出来る。
(機関紙泰斗 令和4年6月号 巻頭言より)
