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Youtubeチャンネル「書人柳田泰山」その11

今回は【一文字難読漢字】

『世界で1番難しい漢字』を書いていただきました。

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コロナ禍の泰書展

一昨年から世界中がコロナによる激震の日々が続いている。私たちより先人、諸先輩の皆様は戦争という悲惨な経験をされたにも関わらず、ここに天災・人災にまた遭遇してしまった。誠に不幸な出来事である。人間は良きにつけ悪しきにつけ不思議な生き物である。その災害の大多数は人災が原因であると思う。きっとそれには私も加担している。人災があって天災を引き起こしている。考え方によっては、このコロナは人類に対する警鐘ではなかろうか・・・。これがもっと進めば人類破滅にもなりかねない。日本は明治、大正、昭和、平成そして令和と急速な発展を成し遂げてしまった。結果論ではあるが、そこには行きすぎもあったのであろうか。

平和のため、と戦争を繰り返し、平和のための文明発展があり、その功罪として文化も自然も危機に瀕している。時々、高層ビルから眺める東京は光った墓石に見える。光が無くなれば、巨大な墓石になる。反対に光が無くなれば月夜が見られる。「灯火親しむ・・・」が死語になってきている。それに自分も加担している。二年前、中国少林寺に逗留した時の月夜が懐かしくなった。きっと人にはどこか自然を愛でていたい心がある筈である。モニターで自然を観、世界遺産を称する一方で自然を破壊している愚かな行為が今なお続いている。やはり、このコロナは天罰か。であれば尚更、人間は文明、成長・発展を中断して踏み留まる姿勢を見せていかなければならない。

この稿を考えている時、パラリンピックが開催された。これも賛否両論。参加されている方には、今までの努力に対して敬意を表したい。一方で、物議を醸し出している輩も多くおり、ではその人々が世界を救えるかといったら救えないであろう。無責任な輩も多くいる。その一人に自分も加わっている。そんな自分の醜さを感じながら、この泰書展が開催された。それは矛盾と好奇の間はざまにある。無謀な決断。でももし開催しなかったら・・・が脳裏を掠める。それは絶望的な気持ちにもなってしまう。

今回、それがどう批難されても仕方がない。心の中で不安な日々を過ごしている。

さて今日は、これから泰書展の陳列に行くのである・・・。(泰書會 機関紙泰斗10月号 巻頭言より)

コロナ禍の泰書展

書展を終えて

(泰書會発行 泰斗10月号より)
今月、巻頭言に第二十七回泰書展前日に書いた「コロナ禍の泰書展」を掲載致しました。ところが、今号で泰書展の受賞者のお名前、開催記事が出ているのに拘わらず、この文を来月回しにするのはやや遅すぎではないかと判断し、この巻末言として掲載の運びとなりました。世はスピード時代。ここにも速さを競う仕事が重なり、それは泰書會のモットーとしてはおりますが、かなりきつい事でもあります。やはり、少々、歳の重なりがそう感じさせたのではないでしょうか。

さて、コロナ禍であったにも拘わらず、予想以上の来場者がありました事、ここに改めて感謝の意を表したいと存じます。主宰者の立場として、不安で仕方がない毎日でありました。反対に昨年開催されなかったので、多少は楽しみにされていた方もおられました。これも感謝の一言であります。

出品は例年から比較して三割弱は減りましたが、これも仕方がない事です。来年は事態が収まる事を願いつつ、改めて今日から新たなる一歩を進めたいと存じます。また、今回の特徴として、初出品の方も多くおりました。私の理念の中に「温故知新」があります。新人は良き先輩から学び取り、自身の精進・・・、経験者は後進の純粋な「書」を再確認、自身の励みとして頂きたい、そんな思いでもありました。出品の皆様、本当にありがとうございました。

新人の「書」は、確かに満足できるものではありませんが、如何に基本が大切かを再認識させて頂きました。私自身の指導方針がそれ程、間違っていなかったと確信も致しました。反対に、経験豊かな出品の作品には、線質の妙を感じさせて頂きました。柳田流の書法に自身の個性が確り表現されておりました。その新人、ベテランが両輪となり書展を動かして頂いたことが今回の総評でもあります。

きちっとした「書」を書くことが生き甲斐と再自覚しながら、会員諸氏と共に励んでいきたく書展の最終日にこの稿を纏めさせて頂きました。

最後に、第一回からの開催で応援をして頂いた関係各位、並びに御来賓の皆々様に、会を代表させて頂き深く感謝の意を表したいと存じます。

書展を終えて

9月2日

第二十七回泰書展を迎えて

逾々、待ちに待った泰書展が開催される。この様な状況で開催とは苦慮の末の決断であった。そしてコロナ禍に負けてはいけないと自身に言い聞かせながらの日々も続いている。正直言って開催日まで心配の種が尽きない。ただ、自分の事ばかり言ってはいられない。多くの方が大変な思いをされている。

泰書展について言えば、今回、百二十数名の方が出品された。これは敬服に値する。昨年、開催できず、二年越しの作品制作となった会員もいる。途中で挫折された方がいたり、やる気が失せてしまった方もいた。これも仕方のない事である。それでもこれだけの方から出品して頂けた。改めて心より感謝したい。

最近、泰書展の作品指導をしながら「稽古」とは何か・・・を考えさせられた。

「稽古」という言葉は、中国・「書経」の中にある。日本では『古事記』太安万侶(おおのやすまろ)(飛鳥時代から奈良時代にかけての貴族)序文末に「稽古」があり、その意味は「古(いにしへ)を稽(かむがへ)る」ことである。日本武術などの形練習においては、過去の達人であった者の足跡、残した理想的な形に近づくべく修練することをいう。武道、芸能に限らず、親方や師匠が教えることを、「稽古をつける」という。また、単に学んだことを練習することも稽古という。いずれにおいても、稽古を積み研鑽を重ねることによって実力をつけていく。

今回の指導は正に「お稽古」と言った感がある。練習の積み重ねで一定のレベルに上げていく。それを二年越しで書き上げた事になる。皆、立派であった。それに引き換え私は六十五年「お稽古」をしてきたのに未だその域に達していない。これだけ立派なお弟子さんがいるのに、私は一体何をしているのであろう。

今年の泰書展は、お弟子さんから励ましの力を頂いた様な感じもした。

8月26日

第27回泰書展(8月26日〜31日)

東京上野の森美術館にて、第27回泰書展が開催されます。

準備中の会場の様子と、泰山先生から御挨拶。

宜しくお願い致します。(HP更新担当)

8月2日

言霊は「書」に表せない・・・

ここで「言霊」について敢えて詳しく述べるつもりはありません。皆様の方が十二分に承知していると思います。ただ、若い誌友者の方々に簡単に述べておきます。「言霊」とは言語の持っている霊妙な力。大昔から日本の文献に残されています。「言葉に霊妙な力があって、その言葉通りの事象がもたらされていると信じられていた。」そのようなことが万葉集にも書かれています。その他にも諸説があって、私自身も正確には理解し難いものと考えています。

さて、安易に「言霊」を使うのは慎むべきでないでしょうか。今、書人の立場として「言霊」的内容のものを書くというのが容易ではない事を感じ始めました。

色々な場面で簡単に「言霊」と使われていますが、それも疑問です。疑問である以上、「書」で認めるのも尚更変でしょう。人間が発する言葉を「書」に書くほど難しいものはありません。どうしたらいいものか…。意味深ぶって書いて、如何にも「書」でござるというのもおかしい…。では「書霊」と言う言葉があるでしょうか。もしかしたらあるかも…。それは「言霊」以上に難しい…。この「書」には「霊」が入っているとは言い切れません。

今の自分は何をもって「書」に没頭しているのでしょうか。多分、今出来る事をしているしかありません。「言心聲也」(げんはこころのこえなり・言葉は心が声に表れたものである)という語があります。私自身は「書心聲也」で生きるしかないでしょう。

今も矛盾だらけで経文を徒然と書いています。その合間に思いついた事ではありますが、やはり煩悩なしでは「書」は書けません。

8月1日

今回は【見るだけ書道レッスン】半折で書く緊張感と魅力について先生が教えます。

半切の執筆を上から撮影しております。

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7月13日

Youtubeチャンネル「書人柳田泰山」その9

今回は「意外と知らない!「習字」と「書道」では○○が決定的に違う!」です。

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7月4日

氣韻生動

「気韻生動」とは風格気品がいきいきと充ち溢れていることである。中国絵画では六法の一とされている。

一、気韻生動(きいんせいどう)(生命力)。
二、骨法用筆(こっぽうようひつ)(素描力・線)。
三、応物象形(おうぶつしょうけい)(描写力・形)。
四、随類賦彩(ずいるいふさい)(彩色力)。
五、経営位置(けいえいいち)(構成力)。
六、伝移模写(でんいもしゃ)(模写)。

此を「画の六法」という。

いかに「書」が技巧的に工夫されて美しく書かれていたとしても、ただそれだけでは所詮空しい「書」のデザインにすぎない。観る人になにがしかの感動や興味を喚起することがなければ本当の「書」とは言えない。本当の「書」が現代に残っているのは、当初から今日まで芸術としての関心がもたれ、長い年月を生きのびる力を持っているからこそである。

ただ、そうは言うものの、古来、中国・日本の「書」で真の芸術と言わしめる作品はそうざらには無い。絵画と違って不思議に「書」を芸術として扱う場がなぜか少ない。

ここでは中国から伝わった「書」について考えてみる。中国六朝時代(二二二年〜五八九年)からの「書」には文化的流れからして、哲学、文学、美術等の見識や精神が抽象され結実したものと解釈されている。然し、それは前述した様になにがしかの感動を喚起する力と必ずしも結びつくものではない。その何かが、「気韻生動」であろう。この二つのエネルギーが揃う事により最高峰の「書」が生まれ、真の芸術となり得るものである。

私達は優れた先人の「書」に接する時、描かれている文字の姿態や、文字の意味などを超越して大きな感動を受けた経験が屢し ばしば々ある。そう感じさせた正体が「気韻生動」というものであろう。私自身にとって一つの帰着点であると感じてきた。

この巻頭言は、故事来歴を紐解き、自身への戒めとして纏めてみた。

6月23日

Youtubeチャンネル「書人柳田泰山」その7

今回は「書家の仕事風景」です。

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6月1日

新倉典生師に捧ぐ

師が患ったと聞いたのが昨年。ただ師の気性からして強気の日々を過ごしておられると思っていた。その間、何度も会う機会があり、集約すれば「五種法師」を私に教え諭してくれていた。私は凡人の、ただ「書」を生き甲斐としている人間。それがいつの間にか、法華経三昧となっていた。数年前、師の計らいで身延山の五重塔に法華経全文を奉納する事が出来た。それから数日後「泰山先生、きっともう一度法華経全文を書くよ・・・」。まさかと思いつつ今日まで時が経ってしまった。それが、何を思ったのか昨年、師に「来年くらいから法華経を書くよ・・・ 」と話をした。

その時の嬉しそうな顔が今だに忘れられない。「よし、それを書き上げたら經本として印刷して全宗派に配ろうよ・・・ 」目を輝かせながら語り合った。師みたいに、凡人の信心もろくにない自分に思いをかけてくれるのは頭が下がる思いである。早く師に見せて上げたい。師と帯同した法華経。たとえ黄泉の国に行っても、私は後から追っかけ、師に法華経全文を渡すつもりである。   

泰斗編集のこの日、師の訃報( 五月一日逝去) を聞かされました。敢えて、師に対する哀悼の言葉として掲載をさせて頂きました。

5月15日

Youtubeチャンネル「書人柳田泰山」その6

今回は「プロの書家が目隠し書道したらどれくらい字を上手くかけるのか?」です。

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5月6日

純化から鈍化そして劣化

最近、昔の事が頻繁に思いだされる。それをどう「書」に繋げるかも考えている。今までの生き方を反省しつつ、「書」に繋げていきたいとの思いである。今の書人・柳田泰山としての考えをここに述べておく。

楷書は常に純粋でなくてはいけない。巧みな線は必要ない。ただ先月号で述べたように「無知」でもいけない。少なくとも今自身が書いているものに、精神を吹き込む事が大切である。技量は経験から生まれるもの。今、悟ったものが直ぐに出るわけでもない。恐らく早くても半年、一年かかっても悟ったと思ったものが書けるかどうか。兎に角、自分には煩悩があり、それを持ちつつ、如何に単純に純粋に書くかだけである。ただこれには、筆を持つ姿勢(心の姿勢と筆を持つフォーム)が拘わってくる。これを述べると際限がない。自分の経験からすると、筆は紙面に対して真っ直ぐ、言わば直筆で書けばいい。筆をこねくり回すと嫌らしい線になってしまう。総てストレートで純粋がよい。

さて、問題なのは、書き始めから考えが纏まらず、エイ、このまま書いてしまえ、という感覚が生ずる時である。同時に考えが頑固になってしまう事もある。頑固と言うのは、時にはいい事もあるが、悪い事も屢々ある。自分は後者になってしまいがち。頑固はいけない。道が狭くなる。それも歳を重ねる程、その様になってしまう。挙げ句に劣化してしまう。

純化から鈍化、そして劣化との思いは、ある程度、歳をとってから出てくるもの。であるから若い時にどれだけ興味を持って求めるものに対して挑戦するか。純粋な気持ちで対峙するか。その生き方でその人間の性根が出てくる。然し、それでも最後は劣化するであろうが・・・。

5月1日

Youtubeチャンネル「書人柳田泰山」その5

今回は、幸せになれる縁起が良い書、です。

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4月20日

泰山先生のYoutubeチャンネル4回目。

今回は「〜手書きの賞状ができるまで〜柳田泰山先生の仕事風景!」です。

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4月1日

追憶

正にこの稿を書き始めた時、大本山成田山新勝寺貫首・橋本照稔猊下の訃報を聞かされた。ここに哀悼の意を表したいと存じます。

訃報の記事は差し控えたいと思いながらも、頭の中には猊下の思い出が走馬灯の様に回っている。そこに先月の「存在」が不思議に重なった。「自分がいなくなれば、宇宙の存在もなくなる」との言葉に対し、ある大僧正からまさに「唯識」であると丁重なメールが届いた。私としてはそこまでの認識がなく、ただ直感で述べたまでの事である。また、ある友人から「存在」を「レゾンデートル」と言って「存在理由」や「存在価値」という意味で、特にフランスの哲学で使われた言葉であると教えられた。無知な自分が恥ずかしい。然し、自分にとって、その教えが脳の中に薄皮の如く貼られたことは事実である。

今から、四十数年前、橋本照稔猊下より、先代泰雲が「大本山成田山新勝寺」の石柱揮毫を依頼された。丁度、私の、親からの勘当があけ、根来から戻ったくらいの時この話があり、先代と橋本猊下の相談で「御護摩受付所」と大きさが三メートルもの大看板を書かされた。この未熟な者が、あの「書」を書かされたのは今では恥ずかしさで一杯である。

「無知」と「恥ずかしさ」これはどうにもならない感情である。

自分の存在は一体何なのか。猊下の訃報、「唯識」のお言葉、友人の「レゾンデートル」が繋がって仕方がない。ただ唯一、今自分が行うべき事は・・・一つしかないであろう。

改めまして、橋本照稔猊下に深く感謝申し上げ、ご指導を戴いた事を忘れず、自分の存在というものを確立することを誓いたいと存じます。
合掌。

3月10日

Youtubeチャンネル「書人柳田泰山」その3

泰山先生のYoutubeチャンネル3回目。

今回は、先生に今どきの若者用語を書いていただいたようです。

3月1日

存在

作品を書いていてふと思った。一体、人間はどこに向かっているのだろうか。勿論、最後は召されるわけだから。その瞬間までの存在は? 歳をとるとそんな事しか考えなくなってしまうのか。やはり自分が一番大切だから・・・。コロナ禍であっても、平穏な時であっても同じである。その存在が解らなくなると命を粗末にしてしまうケースがある。そんなに命は軽いのか。

書人の立場として、これからの在り方をここに述べる。「やはり命ある限り書き続けるのだ・・・」通常の答えである。ただ、今は自分の「書」に対して新たなる迷いが生じている。「上手い、下手ではない」ということではない。一体、自分の「書」の価値というものは・・・である。決して大っぴらに評価される事を求めている訳ではない。寧ろ丁寧に「書」が守られれば良いと思う。だからこそ自分の存在の中で大切にするしかない等々。ある人から「もっと生活に苦しんでいる人が大勢いて、そんな余裕なんかない・・・生きるのに精一杯」と言われた。しかし相手の事をとやかくいうのは僭越でもあると思った。自分にしか解らない事が沢山ある。「自分の存在とは何であるか」考えた事があるのであろうか。

最近、朧気に解った事。「自分がいなくなれば、宇宙の存在も無くなる」「宇宙自体が自分である」。穿った言い方ではある。自分の存在が無くなれば一体どうなるのであろう。これは決して不吉な予言ではなく、そこまで何とかして生きていかなければならないという気持ちの表れであろう。

巻頭言を書く場合、時にはストレスを感じる。それはコロナ禍の影響だけではない。コロナも精神的迷いも自分の存在の一部である。だから自己嫌悪を感じる時もある。

2月13日

Youtubeチャンネル「書人柳田泰山」その2

2回目のYoutubeチャンネルは、
今年の漢字を書いていただきました。

2月1日

緊張感

この稿は一つの作品を書き上げた後である。一月一日という良き日の始まりとしては幸先がよいかも。まだ、緊張が覚めやらぬ時間でもある。その制作最中にふと思った事に「この書いている時の緊張感こそが至福の時間と言える」。書人として当たり前の行為ではあるが、今年はこの姿勢を堅持しなくてはとも思った。

「書」は年齢と共に進化しなくてはならぬ。当然、現状に満足してはいけない。進化あっての円熟となる。然し、体力を考えたならば、中々思うようにいかない。そこで精神面を充実させる思考を持たなければならない。「書」を書く時はその緊張感という呪縛を自分に課していかなければならない。

一般的には、その緊張感というものを持ち過ぎてはいけないと言われているが、だからといってリラックスすれば良いとは自分は考えない。緊張感を得る事により、より以上の境地に足を踏み入れる事が出来る筈と信じている。出来なければ力足らずである。それ以上に努力しなくてはいけない。それでも踏み入れる事ができなければ…自分を信じてどこまでも貫くしかない。

「書」は大体が人に見せるものであるが、反対に自身の高揚の為に書く「書」もある。人に見せる「書」と自身だけの「書」では違う。例えば僧侶に人前の読経と修業時の読経の違いがあるように。その緊張度はどちらが上であろうか。どちらも同じであろうと言われるかもしれない。自分には解らない。これも修行不足だからである。

とにかく、冒頭に述べた事は、今年への祈願でもあり、これからの十年に何かをぶつけなくてはいけない。常に書く姿勢を堅持する年としたい。はたして、今年末の十二月号巻頭言で改めてこの稿を読み直す勇気があるだろうか。

1月15日

Youtubeチャンネル「書人柳田泰山」

教室の時とは違う雰囲気の泰山先生です。
よろしければ御視聴ください。(HP編集担当)

1月1日

新年にあたり

今年ほど、「新年にあたり」がそぐわない年はないのではなかろうか。これほど不安を抱きながら新春を迎えるのも未だかつてない事である。「だからこそ明るい新年を・・・」と思う方も大勢いるであろう。ただ、私自身は、このままでよいと思っている。というより自粛の気持ちを大切にするべきであろう。何かに浮かれる年ではない令和三年にしたい。

「書」についても同じである。元来「書」は浮かれてはいけない。寧ろ厳粛であるべきだ。世の中では浮かれた「書」が流行っている。それは間違いである。これは神道、仏教を見れば解る。「書」も同じである。「書」ばかりではない。芸術分野総じて浮かれてはいけない。こんな年だからこそ大切に見直すべきではなかろうか。

書人として残り十数年しかない。七十を過ぎて初めて「書」の根幹を揺るがす自身の迷い。それを払拭するが如く、書く事に専念しなければと心秘かに念ずる「年頭の気持ち」である。

一寸先は闇である。だからといって闇の中で右往左往しても仕方がない。行動する事により、僅かな光が見えるはず。光さえ見えない時は暗中模索となり、苦労が絶えないであろう。ただ苦労をしてでも光を見たいという衝動にもかられる。果たして自身の力は無尽蔵か、或いは無いのか。見切りをつけなければならない時期が来るのであろうか。そんな時は諦めも肝心である。理想は命尽きる時が諦めである。命あるうちに諦めざるを得ない場面が来るのか・・・。そうならない様に努力をしなければならない。願わくはどこまでも書き続け、解らず仕舞いで筆を絶つ時を迎えるのがよいかもしれぬ。

新年にあたり、自身への戒めとして書いてみた。

12月20日

先日、第七十八箇寺目となる奉納が行われました。

予定していた盛大な式こそかなわなかったものの、
般若心経の唱和、ご詠歌奉詠、目録授与、挨拶と
十分に対策を取って厳粛に執り行うことができました。

12月9日

今年は、誰もが未曾有の経験をされた年ではないでしょうか。そのコロナ禍については大勢の方が書かれていますので、私はそれとは違う観点での考えを一年の締め括りとして述べさせて貰います。

人間は事ある度に、一喜一憂、利害関係、憎悪などが如実に表れてきます。そこで、その方の人格さえ出てしまう場合があります。そして普段では考えられない行動をとられる方もおります。然し、それは当たり前なのかもしれません。何事があっても冷静沈着に過ごすのは難しい事でしょう。その様な場合、最初に訪れるのが「不安」だと思います。心に不安のベースが出来上がってしまうと、払拭するには並々ならぬ努力が必要となります。凡人はそこで不安に負け、悩まされ悪い方向に向かってしまいます。非凡なる方は、冷静なる思考を持って事に対応します。私は前者であります。

泰書會が二ヶ月間、閉鎖された時、会の存続が危ぶまれました。そこに冷静沈着な行動は考えられませんでした。現在も緊張の連続です。作家・芸術家としての書人と経営を主と考えた書家、この両立は難しいものがあります。今年は正に中途半端に終わろうとしています。この様な経験は二度としたくありません。

ある人に「あなただけではありません…みんなそうですよ」と言われましたが、仰る通りです。

今は、来年が、本当に…心から佳き年でありますよう祈念するだけです。

11月17日

今はやりの言葉です。然し、この使い方がいい加減になってしまってきているのではないでしょうか。

癒しとは、病がなおるという意味であります。ところが現代では「癒し系」とか称していることが多くあります。全く不思議な言葉となってしまったようです。尤も、日本語は文明の力によって変わってくるともいわれているから仕方が無いのかもしれません。ところが、こと芸術の世界ではこの「癒し」はいい言葉ではないと、私は感じております。ただ単に「癒し系」と称されている芸術は本当の芸術ではないと思います。

本来の芸術はその深遠さがあって、初めて芸術と成り得るものです。その深遠さとは、厳しさも入っているでしょう。その作家の信念・厳しさをやり通した芸術に、精神が入ってきます。その精神を我々が、見て、聴いて、感じて、はじめて心洗われるのではないでしょうか。決して病を持っている人々だけが見ているのではなく、国籍を問わず、人々が感ずるものであります。

そして、その感じ方にも色々あるでしょう。心が洗われたり、希望を持たされたり、生命感を抱くことが出来たり、愛を感じたりするものがあります。それは、決して癒されているのでは無いと思います。敢えて、譲歩すれば、病ある方が前述したことを感じて救われる場合があるかもしれません。

私は、素晴らしい芸術を感じた時は決して癒されたとは思いません。寧ろ、もっと確りせねばならないと奮起する性格かもしれません。又、私自身も病を持つ時もありますが、その時には芸術を感じることが出来るでしょうか。恐らく出来ないでしょう。病に対する癒しは全く別の世界にある筈です。恐らく、人から癒される場合が多いのではないでしょうか。

私は「癒し」と云う言葉を否定するつもりはありません。ただし芸術の世界ではこの言葉が遣われるのが全く以て不可解ということを述べたいだけです。(泰斗 平成十五年四月号より)

11月1日

「書」では「柔」と「剛」と言う標語がある。それは筆が醸し出す線である。これは大事な表現方法である。

「柔」は風になびく柳の如く、「剛」は岩山のごとく毅然としたもの。一つの作品には不文律でありながら、ありとあらゆる変化が表現されている。例えば一つの書体、楷書ではどうであろうか。実は他の書体以上に軽妙、剛健、素朴、勁峻が表現出来ると最近解ってきた。当然、各書体に千差万別の表現方法があり、それが本来の「書」であろう。それに邁進するのが私の書人生である。

「脱皮」。ニーチェの言葉に脱皮しない蛇は死滅するというのがある。人間も心の有様においてまったく同じであろう。でないと内側から腐っていき、成長が止まり、極端になれば命さえ落としてしまう。常に新しく生きて行くためには「柔」と「剛」のリズムを素として新陳代謝も図らなくてはいけない。

私事ではあるが、若い時の「書」は決して面白くない。その時は精一杯の感があっても、今、振り返れば恥ずかしいものがある。ただ、その面白くない「書」に気付き、脱皮出来ればいいのである。若い時はまだそれが出来る。ただ歳をとると難しいものがある。その歳という言葉に騙され、「わび」「さび」「かれ」「円熟」にすげ替えられてしまう。また増長も芽生えてくる。歳をとると言う事は難しい。ただ、生きて行く中でこのような自戒をするのも良いであろう。

最近は何かにつけ敏感になっているようだ。これも歳のせいであろう。それを払拭するが如く「書」に専念しようと思う此頃である。

10月18日

様式美とは何か・・・。当然、読んで字の如しであろう。総ての芸術には様式美がある。これは芸術の中の法則といっても良いだろう。又、転じて精神美にも繋がるであろう。とても大切なことであり、現代では失われつつもある。

では「書」における様式美とは何か。当然、結構(字の形)・規範が問われる。それが理解されなければ本道に入れぬ。泰書會では多くの方々がそれに悩まされている・・・様式美に。美しい「書」を求めれば求めるほど、その様式美の純度が高くなる。また、そうでなければいけない。純度が高ければ高いほど、精神が研ぎすまされてくる。「書」は精神そのものである。

そんな事を述べてしまえば、皆が散ってしまうかもしれない。それほど気宇高邁なものがある。それが美しいのである。様式美を忘れた書、芸術は「佛作って魂いれず」である。その魂から精神美が生まれ、その精神美を求めるには様式が必要となってくる。

人間の心の奥底には、どんな形にせよ必ず美を求めている心がある。また求めなくてはいけない。その美とは、人間道に通ずるものがある。外見の美しいものは滅びる。内面の美しいものは研ぎすまされてくる。だからこそ生き方にも様式が欲しい。

様式美はルールである。そのルールを身につけなければ前に進まぬ。甘いルールには美が遠のいてしまう。様式美の追求こそが、人間道の真でもある。私は、それを「書」によって得られればと思う。総ての芸術から感化されれば極致でもある。(泰斗 平成十五年三月より)

10月1日

毎月の巻頭言は、日頃から考えていないと中々思うようにいきません。今回の緊急事態の様な時には思いがけない考えが浮かんできます。人間は、その都度、悩み、思い、歓喜するものであります。今回は決して歓喜ではありませんが・・・。辛い(例え時間がかかっても)後はきっと・・・。

さて、「書」について三つの要素とは・・・。

第一に、自分の中に無限の豊かさがある事です。「書」は確かに人様のものを見て、それを参考にして書き上げていくものです。ただ自身の中に無限の力があるので、余り他者に拘り過ぎてもいけません。豊かなものは自分の中にあり、それを探す事かも知れません。そこに「書」の面白さがあります。

第二に、高みに向かって努力する事は決して厭わない事です。現在、無駄なことをしている様でも、それは実は高みに向かっている過程でもあります。今は程遠いと感じていても明日には一歩前に進んでいる事は間違いありません。それが「書」でもあります。

第三に、精神がより高くなっていけば、その精神が健康であればあるほど自身の人生の格が上がるという事です。自身の心の中の繊細さを見つけ、若しくは見分けられれば、それが本当の「書」ともなります。

以上、述べましたこと、実はある本がヒントでした。うなずけるものが沢山あり、「書」に全く関係の無い内容でしたが、実は人間の行為というのはさほど変わらないということです。人間は所詮人間の範疇でしか動けないから、例え、分野が違っていいても実は同じような事柄が多いのではないでしょうか。

人間の心は無限の様です。自分の中にその無限さがあるという事を、その本で気づかされました。

令和二年十月

9月19日

事相と教相、聞き慣れぬ言葉ですが、仏道で使われております。事相とは実際にお経や仏道の修業をすることです。教相とは仏道を学術的に徹底して学ぶことです。仏道の世界ではこの二つが両輪の如く行わなければ悟りの境地に行けぬといわれます。大変、仏道は厳しい世界です。

偖、これを「書」に例えればどうなるでしょう。事相とは実際に書くことです。そして教相とは「書」の歴史や書法を学ぶことです。やはり両方が成り立たなければいけませんし、当然でもあります。

然し、私自身は、このことに迷っていることがあります。事相とは実際に徹底的に書くことになり、何かを悟れると考えておりました。当然、それに伴う学問はしますが、やはり人一倍、「書」を書かねばいけないと思っておりました。そこには職人的要素があったのです。日本の文化は職人が原点にあり、精神性が伴い、文化芸術が生まれてきたのではないでしょうか。教相とは前述した通り、書法や歴史を学ぶことです。ではその教相を行うことにより、果たして「書」そのものが成就するでしょうか。どちらが大切かということは敢えて述べませんが、大変、考えるべきことではないでしょうか。

今の書道界はこの二相が無くなりつつあります。ましてや根拠の無い「書」を教えれば教相に走り、教相をすることにより「書」が成り立っていくと錯覚もしております。反面、事相だけを取り上げていけば品格や教養の無い「書」になってしまいます。

昭和の時代に二人の巨匠がおられました。一人が西川寧先生です。もう一人が柳田泰雲です。西川先生は大変なる書学者であり、泰雲先生は大変なる名筆でした。そしてお二人共、二相を持ち合わせていました。お二人は書道界の鑑です。その鑑を見ながら私たちは学書しなければなりません。

会員諸氏も、事相と教相の両輪を大切にと戒めを持って励んで頂きたいと存じます。(泰斗 平成十三年八月号より)

9月1日

まさに、今の心境である。

それにはまず行動が伴わなければならない。そこで改めて「書」の原点である古典を見直すべきであろうと思った。ここで専門的な「書」を語るつもりはないが、楷書を考えたならば、中国、魏晋・北魏・唐宋・明清に渉る長い書道史の変遷を見なければならない。今からでは至難の業であるが、柳田楷法の原点と言ったならば楷書であり、やはり唐代楷書を再考しなければならない。それと同時に晋代、王羲之の「書」も改めて紐解かないといけない。これは齢よわい七十になってからでは難しい。然し、先代、先人達は行っていた。殊に、先代の古典に対する執着は衰えというものを知らぬ位であった。亡くなる寸前まで、そこに拘っていた。その姿を見ているからこそ、逆に肩の荷が重い。「書」の究極の世界を窺い知れず日々を過ごしている自分には辟易している。反省もしなければならぬ。

行動に加え、思想も改めて考え直さないといけない。百寺納経に邁進している訳だから、自ずと神佛との出会いが必然的に出てきた。折角の出会いを活かさなければならない。現在七十八箇寺となっているが、自分にとって各寺院とのお付き合いでそれなりに影響もあり、変化を齎もたらしている。それは若い時、仏道の入口に立ちかけた経験を今でも鮮明に覚えているからである。それが無ければ今日の自分はないであろう。その事は両親に感謝、その時に出会った人々に感謝。そして佛道の師にも感謝。今まで生きて来られたのは、現在でも「書」の師、仏道の師の慈愛であろうか。

 行動と思想が伴わないといけない。それを言い換えれば「書」と「信仰」となる。と言うより「書」に信仰的精神がなければならない。恐らく、俳句、短歌、文学、能、歌舞伎等々、信仰無くして芸は実らない。 さて、自分の中で如何なる事になるか。未だ迷いの中にいる自分、ジレンマ、トラウマ…それを乗り越えて前に進まなければならない。重いものを背負って行かなければならない。もっと軽い気持ちで人生を歩めばと違う自分がいる。それではいけない。やはり精一杯、「書」を背負い、神佛のご加護を受けたい。もっともそのご加護は、「書」の精進次第であろう。生半可な「書」では到底ご加護は受けられない。

令和二年九月

8月18日

先日、ある書展を見に行きました。その会は墨の濃淡を巧みに表現される書道界では代表的な書展であった。見応えはありましたが、然し、何か釈然としないものを感じました。又、多くの書道雑誌を巷では見ることが出来るようになりました。でもやはり内容に釈然としないものが残りました。「一体書道はこれで良いのか・・・?」そんな思いが致します。

どんな書展でも、書作品でも人間がこなしているものであります。但し、昨今ではコンピューターによる書の表現がありますが、これは不快すら感じられるものがあります。そして今では人間が醸し出す「書」にも不快なものが多く見られるようになりました。一体、どこがおかしいのでしょうか。結論を先に述べてしまえば、「今の書には正確性が全く見られない」そんな結論が出てしまうのです。只、闇雲に感情を露にしたものが「書」として多く出てしまっているのです。これは「書」に限ったものでないかもしれません。総ての芸術・文化に言えているのではないでしょうか。

芸術は人間の感性だけの問題で片付けられません。そこに真正なる正確性が必要なのです。寧ろ、正確な線・形が優先されるべきでしょう。次に人間の感性・感情が表現されるべきでしょう。これは子供の書を見れば解ることでしょう。子供の書は純粋です。然し、正確性は余程のことが無い限り求められません。でもそこに描かれたものは感情が豊かなものであります。でも芸術とは言えません。

古来から残された芸術には感情豊かな繊細さがありました。その繊細さは要するに正確性なのです。正確なくして繊細はあり得ません。

現代では感情だけではいいものが出来ないのを分かっていても、なぜが芸術と総評してしまうのは一体どういうことなのでしょうか。理解する人が少なくなったのか、それが当たり前となってしまったのでしょうか。

総べて書の理想は、真正なる正確性があって、感情豊かなものではないでしょうか?(泰斗 平成十三年四月号より)

8月1日

病後の「書」の所作がこれほど辛かったとは。今までは長期海外出張などの時は、帰ってから直ぐに筆が持てたのに、今回ばかりは、まったくと言っていいほど筆が持てなかった。これには自分自身もショックで、心の奥底に「おしまいだ・・・」という思いがした。周りの人からは、少しでも散歩でもして気分転換したら・・・と温かい助言を頂きました。ただ私としては、それより何より筆が持てない事の方がとても気が気ではありませんでした。散歩どころではありません。(元来、散歩は苦手な部類)。

「健全なる肉体に健全なる魂」と言う言葉があります。その時は正に、その二つを失ってしまった感じでした。そこで改めてその事を考えると、自分としては「健全なる魂」が重要であり、その魂から「健全なる肉体」が生ずるのではと思いました。この二つの関係にどちらが先という正論はありません。いずれにせよ、その状況下においては「健全なる魂」を確り構築していかなければならないと思い、本を貪り読む方法をとりました。どこかにヒントがあるのでは・・・。それに併せて毎日、筆を持つ事を心がけました。この点は昔から書く事には飽きがこない性分が良かったのか、「駄目だ駄目だの連呼、やめちまえ・・・」といった状況でも「書」を書いておりました。

そして二週間が経過し、漸く筆が運べる様になりました。この時、回復の為には、今自分が一番必要なものを徹底的にするのが良いと思いました。粗療治かもしれません。そこは人によってやり方が違います。ただ、今、私自身はその回復の為の書き込みが功を奏した事は事実です。

書人である以上、書く事を優先とする。勿論、その中で、周囲の方々に対する敬意を確り持つことが何よりです。自分の力だけではどうにもならないし、自分の力で全ての事が成るとは絶対にあり得ない訳です。特に今回は、大勢の方々の協力があったからこそです。この度の事、ありとあらゆる方に感謝あるのみです。その様な思いを確り持ち、これからの「書」人生を大切にしなければなりません。

今回の件で、大勢の方が自分の「書」の歩みの手助けをしていただいた経験は、今までに無い感覚でもありました。

7月20日

「自信と過信は紙一重である」とは泰雲先生が昔から述べられていたことです。そして私自身もこの言葉を自戒として今日まで来ました。「自信と過信」皆さんはどう思われるでしょうか。

ここでは書に対して考えてみましょう。自己分析してみますと、やはり過信しているところがあるようです。でもこれは自信なのかもしれません。ここまでこられた自信が一歩間違えると過信・自惚れになってしまいそうです。書道とはそんなものかもしれません。昨今の書展を見ますと、どうしても自惚れ書が徘徊しているのではないかと思います。と言うことは自身の作品もそう思われているかもしれません。然し、書道は個性の産物、だから自惚れなくしてはここまでやってこられなかったかもしれません。そこで心配なのが、個性イコール自信に繋がり、精神のどこからか必ず過信が生まれてくるのです。そんなことを考えて書に臨めば弱々しい書になってしまいます。弱い書であったら書く必要はありません。「自信をもって書きなさい」と考えましょう。自信と過信の押し問答になってしまいました。

「自信と過信」は恐いものです。よく書道展会場での談話に、会員同士で「この書は云々・・・」が聞かれますが、果たして自信をもって語っているでしょうか。もしこれを自信をもって語っていれば寧ろ恐いものがあります。そしてその会話中には自身の作品は褒めてもらいたいかもしれません。誰しもが思い浮かべることかもしれません。そして、そこから自信・自惚れが生まれてくる場合があります。

「自信と過信」これは書道だけでなくすべてのものに言えることでしょう。今、オリンピック真っ最中にこの稿を進めています。選手の眼には自身に満ち溢れていると時々聞かれますが、とんでもないことです。不安と恐怖心で一杯の目つきです。それを払い退けようとして、精神を高ぶらせているからあの様な目つきになるのではないでしょうか。書道も然りです。以前、述べたことがありますが、書けば書くほど、恐くもなり身震いもすることがあります。きっと「自信と過信」の葛藤があるのではないでしょうか。
(泰斗 平成十二年十一月号より)

7月1日

我が泰書會にとって創立以来の最大なる難儀が押し寄せてきた。世界中が大混乱である。自分だけが困っているのではない。世界中が困っている。その中で人々がどんな思いで一日一日を過ごしているのか。私自身には想像出来ない苦労がそこにはあるであろう。そして、新聞・テレビ・インターネットでは多くの事が報じられている。その総てが正論ではないが人々はそれらに振り回されている。

この様な最中、私自身はふと「静かなる世界」という事を考えてみた。「静かなる世界」とはどんな世界なのであろうか。
生まれてこの方、果たして「静かなる世界」に居たであろうか。私は居なかった、多分・・・。「百寺納経」で諸寺とご縁を頂いている。その寺院にすら時には、ざわつきを感じてしまう。それは観光という致し方ない状況がエスカレートしてしまっているからか。「静かなる世界」なんぞ中々得られない。また、自然遺産というものが現れた。特に人間が自然を破壊するから自然遺産として守ろうとする。なんだか矛盾している。自然遺産で、そこの場所にどれだけの人が押し寄せているか。結果これは自然破壊に繋がっている。そこでも「静かなる世界」が破壊されている。同じ様に「秘境」という言葉さえも陳腐に聞こえてくる。

ただ、これらの根幹は「心」の問題であろう。「心」が静かでなければ到底「静かなる世界」は得られないであろう。話が少しずれるが人間の闘争心を考えて見る。自分に耐え、一つの目標に向かって行くことは大切である。きっとその様な方々は、その闘争心の中に「静かなる世界」を求めているのであろう。現に私自身はその「静かなる世界」を僅かではあるが時々感じる。

これは自分の事である。もっと「心」と「静かなる世界」を繋げなくてはいけないと思った。それが「人の痛みを知る」
事にも繫がる。「静かなる世界」、「心」、「人の痛みを知る」があれば、どれだけ世界が救われるか。

6月20日

「力はあなたの弱さから生まれる」あるラジオから聞いた言葉です。何とはなしに聞き流していたが、ふと考えついたことがあります。これはフロイトの言葉ですが、そこにはコンプレックスから生ずる「力」がもたらすものと解釈されているようです。そこで私は違った観点から「力はあなたの弱さから生まれる」を考えてみました。

常日頃から「書」を書きはじめる時は勇気がいると思っておりました。そこには、意気込みもありますが、不安も出てきます。当然の事ではありますが、色々なことが脳裏をかすめます。そして弱気もでてきます。然し、その弱さがとても大事であると以前から気がついておりました。人は弱気になった時、初めてその人の力が見られるのではないでしょうか。「書」もその弱さの中から打ち勝つエネルギーが発散され、自己精神の強き力をぶつけなくてはいけません。弱気になってはいい「書」が書けません。あらゆる緊張感からも「力」が出てくるのです。喜怒哀楽も「書」には必要でしょう。そしてもっと次元の高い「書」はその喜怒哀楽をも通り越し、その時の最大限の「力」を醸し出さなければ、本当の「書」に到達し得ないものです。これは日の浅い「書」を学ぶ方にもいえます。きっと真剣に書いている時、そのひとの最大限の「力」が出ている筈です。

書く為の「力」すなわち生きる為の「力」が人間の根源ではないでしょうか。私は「書」を通じて、フロイトの「力はあなたの弱さから生まれる」の言葉が少し理解できたような気が致しました。(泰斗 平成十二年二月号より)

6月1日

作品制作にはいろいろなプロセスがある。それを人生に例えれば、全くそのままが人生の縮図と言えるであろう。私が言うまでもないが人生には山あり谷あり、決していい時ばかりではない。だけれども何か物事を一つ仕上げたときには、解放感、充実感、安堵感がある。そしてその瞬間からこれでいいのかと不安感が出てくる。その繰り返しが人生である。よほど信念をもって人生にも作品制作にも立ち向かわなければいけないのに、これまた弱いのが人間である。私なんかはその典型的な例だと思っている。

作品制作は強気と弱気の葛藤である。自分で選んだのだから自分で責任を取らなくてはいけない。それが、その書に対する礼儀であろう。礼儀無くして書は書けぬ。それだけその瞬間は崇高なものであって欲しい。だが、先程述べたように人間は脆いものである。消極的と思われる方もいるだろうが、恐らく自問自答すれば解ることであろう。私自身は以前述べたことがあるが、製作プロセスに必ずそれが入る。そうするとしきりに反省しなければならないものがある。その時は必死になって払いのけるようにして、作品に打ち込む。そこで初めてその人の人柄が表れてくるだろう。大げさないい方かもしれぬが、それが書の制作の魅力でもあり、人生修行でもある。

最後に述べておきたいことがある。それは、他人の作品は非難しやすいが、そのような人は果たして自分の作品を非難することが出来るであろうか。人生観においても・・・。(泰斗 平成十二年五月より)

5月15日

柳田泰山百寺納経第七十七箇寺

奈良・真言宗豊山派総本山長谷寺様へ「般若理趣経」が奉納されました。

5月1日

先月、巻頭言で述べた「この号(泰斗四月号)が発行される頃には、少しでも収束される事を祈念・・・」どころではなくなった。今も現に最悪の状態となっている。世界中が不安と恐怖におののいている。

先月はそれでも本部教室でのお稽古が無事に出来、会員諸氏に感謝の意を表した。その中で、多少マスクの話題があった。これは決してマスクを否定する事ではない。今は安全上マスクが必要であろう。ただ「書」のお稽古ではマスクがあっては書きにくいのではないか。そして顔の見えないお稽古がとても難しいと感じた。お稽古は、その方の顔の表情や、目の捉え所でも様子が窺える。顔の様子が解らないお稽古ほど解りにくいものはない。多分、「書」だけではなく、あらゆる分野で同じ事が言える。ある大法要で御僧侶が全員マスクして行ったと言う話を聞いた。これはどう受け止めるかは、個々の問題である。きっと一般では、ご焼香もマスクをしながらであろう。せめてその時くらいはマスクを外してと思うが。

今回の件で「書」において、姿、形の見えないものに如何に対応するかという事が脳裡をかすめた。考えてみれば私の場合、活字・経典から「書」を書いている。それは「書」の手本ではない。頭に記憶として「書」の形が残っている。それを頼りにしている。厳密な事は言い切れないが、何かやはり目に見えない感覚、感性がそこにはあると感じた。実態は活字だけという不思議な感覚がそこにはあった。また、この「書」を先代が見たならば、何と言うかである。脳裡にあるのは泰雲像の記憶だけであるから実態のないものに問いかけている様なもの。それも滑稽なのが、その答えを自分がしている。こんな都合のいいものはない。それが大きな間違いであり、甘い考えでもある、と言い聞かせている。

世界は目に見えない敵と戦っている。その対応が人格にまで及ぶ。「こんな時にこんな事をする・・・」である。誰とは言わないが・・・。テレビでは相変わらず軽率な言い方で、何に向かってか?非難をしている輩がいる。言葉を発した以上どれだけ責任を取れるのであろうか。目に見えないウイルスにどう立ち向かうかはその筋の専門家に任せるしかない。全世界に早く平和を取り戻せる事を祈るしかない。(泰斗5月号 巻頭言より)

4月15日

「半切を執筆して」

執筆者の経験として言えば、今回は「腰をすえて書いてみた」という意識が強い。これだけ多忙になると、ついつい手本執筆が慌て気味、焦り気味となる。それを避けるべく注意はしているものの、どこか心の奥底で感じてしまう。

「それではいけない・・・」どんな「書」でも、確りとした精神状態で書かないといけない。たとえ、字数が少なかろうが、何千字であろうが、その心根は同じである。最近、「手本が確りしていなければ、皆さんの清書が悪くなってしまう等々、総て手本に起因している。」と会員に話しかけている。手本の重要性を問いたい。その気持ちが会員に乗り移れば、会員の清書の次元が上がる。大袈裟であるが、そう思いたい。

また、日頃からいい「書」を見て貰いたい。毎月、表紙裏に、先代の「書」が掲載されている。それも毎月出ている。
日頃の勉強でこれを書いてもよい。この「書」はレベルの高い運筆である。実は右にある五言律詩楷書手本はそれに似たものがある。おこがましいが、これは継承の意味からして、確りした根拠で書いた。手本はおろそかに書いてはいけない、が今の心境である。

(泰斗 令和二年四月号より)

4月1日

第22回 日本学生書道文化展覧会(書展所感その3)
だから、今年の賞は、来年や将来に向かっての期待感からの授与でもあろう。賞を貰ったからお終いではなく、賞を貰ったからこそ、もっと努力して貰いたいのである。それで本当に価値ある賞となる。

最後に指導された諸先生方、出品に至るまで応援をして頂いた皆様に心より感謝申し上げます。

(編集追記)第22回日本学生書道文化展覧会は、都の要請により全日程が中止となりました。

4月1日

 昨今の新型コロナウイルスの件で心痛が絶えません。これは誰もが感じていることでしょう。これほど「人間はもろいのか」いや「社会がもろいのか」。微小なウイルスで世界が混乱をきたしています。今、世界は何をおいてもこの問題を早く解決するべきでしょう。戦争、国と国の諍い、小さく見て・・・日本の国会。別な問題ばかりに振り回されている気がします。今はそんな事を言っていられない状況です。人の命にかかわっています。昨年の台風の傷跡がまだ残っている・・・その対策すら滞っている現状。やはり自治体、国が攻められても仕方ありません。現に泰書會会員でも困っている人がおります。

 人間は弱いものです。それでも希望を持とうとします。あの不幸な阪神淡路大震災、東日本大震災などでも立ち直ろうとしています。凄い力です。人間の素晴らしさでもあります。然し、今回は人類の存在を脅かしかねない大事件です。社会に疎い一書人がつまらぬ戯言を書いていますが、小さな自分の心の中で、大きな問題として受け止めています。

 今では、この様な状態で「書」を書き続けていいものか不安すら感じております。そしてとどのつまり、自分の事しか考えていない気がします。この瞬間、自分は一体何をすべきか・・・。 この泰斗が発行された時、少しでも収束している事をただひたすら願い、祈るのみです。

3月31日

新型コロナウイルス感染拡大の影響について
2月26日に「政府の新型コロナウイルス対策本部が総理大臣官邸で開かれ、安倍総理大臣はこの1、2週間が感染拡大防止に極めて重要だとして、大規模なスポーツや文化イベントなどについて、今後2週間程度、中止か延期、または規模を縮小するよう要請する考えを示しました」と言うニュースから一連の動きが始まりました。
このニュースは国内を始め世界に発信されたものでもあります。そして「会員の皆様の健康と安全を最優先する」ことを鑑み、泰書會会長の立場として、試行錯誤をしてまいりました。
第二十七回泰書展はこの国内的問題が解決される事を祈り、出来うる限り開催の運びと致します。私共、泰書會事務局は、教室運営、書展開催運営で一年の収支決算をしております。もし万が一、書展・教室指導が出来ないとなれば泰書會そのものが窮地に追い込まれる事は事実でございます。どうかご理解をして頂きたく伏してお願い申し上げます。
この様な不測の事態に書道をという疑問が私の中では思い悩む状態であります。然し、書家は今すべき事は、世界、国家の早期の収束をの願い、偶然ではありますが、経典を作品制作進行中であった事から、皆様の無事を祈念しながらの謹書としております。よって「柳田泰山は柳田泰山らしく書活動すべき」とのお言葉も頂きました。確かにこの状況で悠長にとは思われますが、世間の風評に惑わされず、精一杯の努力をさせて頂きたくここに皆様に心境を述べさせて頂きました。
最後になりますが、会員一人ひとりの状況やその行動範囲は大きく異なります。その為、会として安全基準を指し示すことはできませんし、またそれを期待するべきではありません。会員の皆さんが公共の交通機関・施設などを利用される際には、ウイルス感染予防対策に皆さん個人として最大限の注意を払っていただけますよう、お願い申し上げます。

会長 柳田泰山

3月27日

第22回 日本学生書道文化展覧会(書展所感その2)

但し、自信と過信は紙一重。そこは気をつけて貰いたい。決して、自分の力だけで上手くなったり、受賞したりしない。周りの大勢の方から助けていただいているからである。色々なレベルの賞がある。私自身も銅賞からのスタートであった。賞は比較で成り立ち、その時の運もあるかもしれない。

そして、あくまでも通過点である。だから、今回も皆さんが最高賞授賞者である。そして、お互いに励まし合うのが大切である。本当の「書」の上手さは、人にやさしい事であろう。冒頭の過信になっては本物の最高賞ではない。

プロ野球で有名な野村監督が「努力に勝る天才はなし」といっていたが、それは「書」にも言える事である。

(編集追記)第22回日本学生書道文化展覧会は今月27日(金)から、すみだリバーサイドギャラリー(墨田区役所隣接)にて開催です。

3月24日

第22回 日本学生書道文化展覧会(書展所感その1)

 年々楷書のレベルが上がってきた。という書き出しは毎年の常套句の様な言い方ではあるが、今回は多少違う。「書」の進化は一年や二年では中々分からない。五年、十年経つと、十年前の作品との違いが解ってくる。勿論、その年、その年で学生諸君がベストを尽くしているのも承知している。現に過去の学生には、現在より上手な方がいた。その上手さは今でも何人か覚えている。

 しかし、振りかえると、今の出品者の実力が更に底上げをしたのではなかろうか。確かに過去の秀逸なものは、その時点で抜きん出ていたのかもしれないが今の方がレベルの高い群雄割拠である。その中の選出だから、受賞された方は自信を持ってよい。

(編集追記)第22回日本学生書道文化展覧会は今月27日(金)から、すみだリバーサイドギャラリー(墨田区役所隣接)にて開催です。

3月1日

 平成五年から百寺納経の制作を始めている。第一箇寺目は高幡不動である。当時は泰書會創立前後であった。

 現在七十五箇寺まで至った。あと四分の一。六、七年かかる。山登りで言えば、胸突き八丁である。然し、自分を信じて前に進むしかない。書人として、如何なる困難があっても書き貫かなければならない。

 時折思うのだが、一つの経文を書き終えると、次の経文を書く力が授かっているのではないかということ。一つ一つの経文に自分が力を授けて貰っている。誠に有りがたい。しかし、経文は難解である。その深い意味を汲み取る事も出来ず、ただひたすら書き続ける事に不安はある。でもそれは仕方がない。兎に角、学びながら書き貫く信念を確り持つ事であろう。お寺を信じ、応援者を信じ、会を信じ、そして自分を信ずる事であろう。

 「写経」は信心をもって一寺礼拝する如く書くべきである。自分や周りの幸せを祈念して写経をする。それが最も大切である。但し、書人としては経文の一字一字を確りした楷書の美学をもって書くことである。今はそれで精一杯である。この百寺納経が終わったら、改めて真摯なる思いで本当の写経をしなければいけないであろう。

2月1日

先月、墨の話をさせて頂いた関係で、今月号では紙の話、来月は硯、そして筆の話を述べてまいります。
私たち「書」に携わる者にとってこの文房四寳はなくてはならない大切な道具であります。ただ最近は、この価値基準が乱れ何でもござれの時代となってしまいました。心中穏やかではありません。
紙の起源は古代エジプトの「パピルス」が有名です。中国では前漢時代に麻の紙が発見されたと言われております。そして、日本では聖徳太子の時代、楮こうぞが和紙の原料となり、雁が んぴ皮 、麻、三み つまた椏、檀まゆみ、苦く じん参 など使われ、それが現代まで延々と受け継がれています。世はパソコン時代ではありますが、紙の需要はまだまだ続くでしょう。その紙を私たちは浪費しています。もっと紙を大切に扱わなければいけません。そうかといって洋紙で書けばいいのでしょうか? どうも洋紙と墨の相性がよくありません。又、紙は表具にまで影響します。特に表具の糊にも関係してきます。いくらいい墨、紙で書いても表具の裏打ち紙、糊で保存状態が違ってきます。
私自身、先代の紙に対する扱いを目の当たりにしております。まず、新しい中国の紙が手に入ると、一枚一枚、反物の様に丸めて(およそ二十五枚くらい)一本にし、書かれる机の後ろに、反物屋の如く、数十本仕分けをしながら置いてあります。きっと、自分の手で紙に触れ、この紙では、こんな物を書いたらという思いがあるのでしょう。見ながら、触れながら、紙を愛め でています。本当に先人は紙を大切に扱っています。
「書」を学ぶ者の中に、書いている最中に、駄目だからと言って途中で破棄してしまう方が大勢居られるでしょう。それは確かに仕方がないでしょうが、出来れば最後まで書き貫いて頂きたい。それが紙に対する敬意でもあります。また、書き損じは、余白が多ければ切り取り小品制作に使います。また、失敗作は捨てず、私たちが言う、押し紙として残しておきます。などなど、これからの時代、紙の資源が変わっていきますので、心して紙に向かわなければいけません。
紙は神さまであります。

1月30日

正信念仏偈は、親鸞の著書「教行信証」の「行巻」の末尾所収の偈文。一般には略して正信偈の名で親しまれています。真宗の要義大綱を七言句の偈文にまとめたものです。
「念仏の教えを正しく信ずるための道理を述べた歌」という意味であります。
私達、「書」の世界では、あまりこの様な経文(偈文)を書く人がいません。これからも、この様な素晴らしい内容の経文を多くの方に知って頂きたいと念じています。
柳田泰山 記(泰斗令和2年1月号より)

1月20日

昔から色々な分野に職人と呼ばれている方がいます。そこで「書」の文やの職人とはありえるかを考えました。筆と墨を扱う職業には「お習字の先生」「百貨店等で筆耕業務をされている方・看板書き」「今流行の御朱印帳に書く方」「コンピューターを使っての筆文字を表現する人(これは現実の筆と墨を使っていないが・・・)」そして「書家」、など枚挙に遑がない位、多くの方が筆・墨・紙を駆使して生業としています。意外と多いものと感じました。考えてみたら凄い事でもあります。日本人である以上、漢字・平がな国として当然のことではありますが、それに携わっている方がたくさんいる事は事実です。
さて、「職人」と「書家」の違いとは一体なんでしょうか。以下はあくまでも私の持論です。
まず、「職人」は与えられたものをコツコツ製品化する人。そこに感情や精神論を入れない。職人の方から文句を言われるかもしれませんが、一つ一つの製品に魂、感情を入れていたら躰や心が持ちません。だからこそ「職人」は大変なのです。自己を捨てる事になります。これは考えさせられてしまいます。人間には感情があるのですから・・・。そこでロボット、AIの登場となります。そこには魂、感情がないわけですから。
では、筆・墨等で仕事をされている方々は職人なのかそうなのか?なかなか判断が難しく思えます。
問題は「書家」と称する人たちです。書家はそこに歴史的背景、漢学的要素、芸術的要素、思想的要素、宗教的要素などを含んでいなければならないと思います。これは現代では古い考えであるかもしれませんが、絶対必要なことでしょう。私自身は書道芸術を唱えながらの書道人生を歩んでいます。然し、職人的な要素が多少は入ってしまっているのではとも思っています。
「職人」と「書家」の境はないのかもしれません。本人の心掛け次第かもしれません。ただ、どちらでも少なくとも与えられた仕事をしっかりと完成させることが大切です。

1月15日

奉納作品は人様のご縁、お寺とのご縁で成り立ちます。ですからまず人ありきになります。今回は、泰書會関係の縁で、御奉納が決まりました。日頃のお付き合い、私達の姿勢を理解されての事と思います。誠に有難いことです。
今回の理趣経は、筆の選択に苦労がありました。筆によってこのように違うのかも勉強になりました。
三千字の「書」をほぼ一万字以上書いて纏まりましたが、筆一本でよく持ったと感じました。筆に感謝です。
柳田泰山 記(泰斗令和2年1月号より)
また、この度「般若理趣経百字偈」と「院号額」も同時に納められました。

(写真参照)

11月7日

先月、泰書展終了時から、勇気をふるって中国嵩山少林寺に三週間ほどお世話になる決心をした。目的はやはり「書」を書くことである。来年、少林寺に作品を納める事となり、その制作を少林寺でと思ったのがきっかけである。少林寺滞在の詳細は後日報告したい。
以下の文、興福寺老院・多川俊映猊下(多川俊映猊下は八月三十一日を以て興福寺貫主を退任された)の著書「唯識入門」から抜粋させて戴いた。この本を少林寺で拝読させて戴いたが、ある意味で人生の道しるべと感じ取り、自身の反省の思いにも駆られた。その中の「退屈」なる言葉が妙に心深く突き刺さった。
「三種の退屈」。その一は「自己の力量では到底およびがたいと思って退屈する」。二に「はなはだ困難なことを感じ、絶望の念を起こして退屈する場合」。三に「きわめて到達しがたいものに思われて、悲観の気持ちを起こして退屈する場合」。途中は省かせて戴くが、この解説の締めとして「練磨自心、勇猛不退(れんまじしん、ゆうみょうふたい)」(自心を練磨して、勇猛にして退せず)まことに心強い励ましのコトバという他ありません、と述べられ、「退屈しがちなわが心を激励こそすべきであろう・・・。一歩一歩の仏道を着実に前進させる大きな契機がいるであろうことを強く感じます」で結ばれていた。
少林寺での孤独感をひしひしと感じつつも、勇気を戴いた。一つの事を信じ貫く精神の糧ともなった。と同時にこの「百寺納経」の難業というものに拍車がかかり、特に「これでいいのだ・・・」という精神的充実感を感じとった。三十年近い時の経過も「唯識入門」で救われた感がした。

11月1日

第15回泰書會秋田展
会期 10月4日(金)~10月7日(月)
会場 にぎわい交流館AU 2F 展示ホール

10月1日

第26回 泰書展
会期 令和元年8月28日(水)~9月2日(月)
会場 上野の森美術館
主催 泰書會
後援 中華人民共和国駐日本国大使館/興福寺/上野の森美術館

7月8日

江戸時代中期に儒学者であり、書家であったと言う大塩鼇渚(おおしおごうしょ)と言う先生がおられた。その著『筆道秘伝書』の一節に「一、筆をとるときは、身体を真直ぐ保ち、心を正すべし。二、漢字の形を注意深く検討し、静かな心で書くべし。三、筆は優しく取り扱うべし。四、字に肉を加えよ。五、筆のリズムに気をつけよ。六、決められた形を守って書くべし」と書かれていた。

現代でも通用する言葉である。しかし現実は違う。「書」のあり方がこうも違うのか…と思うくらい、現代の「書」は変わってしまった。文明の進歩に伴い文化の変容が大きく影響している。書は「文房四宝」に重きをおいているが、ここにも悲劇が生じている。良いものが容易に手に入らなくなった。その事は私にとってかなりな難事である。この二大要素が「書」を駄目にしたのか、というと実は違う。この二つの事は言い訳に過ぎぬ。もっと重要な事が忘れ去られている。それは冒頭に記載した『筆道秘伝書』の言である。この中の六筆道の原則を守るには相当な習練が必要となる。経験をどれだけ積むかは、最後には量的な問題になってしまう。今の世の中では限度があり、そこに妥協が生じている。難しいところである。

さて、昨今の「書」の世界には歴史背景、技法をあたかも大袈裟な言い回し、もったいぶった言い方で論じている輩が大勢いる。「何とも言えぬ線質。何とも言えぬ間合い。」これは滑稽である。「何とも言えぬ書」は所詮「何とも言えぬ」書なのである。定義が難しい「わび・さび」という評も同じである。「書」に「わび・さび」は必要ない。この六筆道を守ればいいのである。

7月1日

七十二箇寺目となる今回の奉納も本妙院関係各位、教室会員の出席で
式が執り行われたこと、心より感謝申し上げます。

6月6日

泰書会主催・泰書展出品者に対する言葉

作品制作は練習期間を含めると、最低六ヶ月は要する。勿論、内容によって違う。いずれにせよ長い期間を必要とする。作品内容の選択に当たっては、現の自分にとってどの様なものが最適かと慎重に考えなければいけない。その中には、やや背伸びをする位の心づもりも必要であろう。ただ、自分の力量では無理な内容を選ぶと思わぬ苦労をする場合がある。然し、その苦労も自身の糧となる。そして古典臨書ではその選択の適不適が結果的に大きな影響がある。ただ、泰書展の場合、柳田楷法を中心とした制作が多いので、臨書は十分に経験を積まれた方に勧めている。その判断も難しいが、今までの過去の泰書展作品は相応の結果が出ているのは事実である。

さて、泰書展(書道展)に出品する意義とは。
第一に、出品者が大きな進歩の跡を示すこと。
第二は、一人の人間として最大の努力をしたという体験を持つこと。
これは人間形成にも大いに役立つとも思える。
第三は、芸術とは何かを「書」を通じて知るチャンスを見出すこと。
この三つの要素が泰書展出品の意義となる。

お稽古事は、まずその人の価値観から生ずる事になる。ただ単に、自分の名前が上手く書きたいだけの目的、その延長に「書」の奥義を知る場合があるが、それはかなり遠回りともなる。泰書会は始めから「書」の奥義、芸術としての「書」を感じとってもらう事を第一としている。だからこそ、私自身もその意義を信じ、皆に指導が出来る。名前、宛名書きが目的の方には、この考え方は理解しがたいだろうが、折角「書」を嗜むのであれば、次元の高いものを求めて貰いたい。それが、泰書会の趣旨、泰書展の意義と繫がる。
今年の第二十六回泰書展がとても楽しみである。と同時に多くの参加者に心より感謝、労を労いたい。

令和元年六月吉日

5月20日

「書」とは一体何であろうか。

実のところ私自身も迷うところがある。まずは書く事が好き。それに伴う知識が豊かになれば尚のことよい。では、「書」の知識は人生に於いて役に立つのか。余り役には立たないであろう。ただ、書家として継承しなければいけないという思いが強いから「書」への傾倒は必然的になる。また、生意気にも「先代が築き上げたものを偉そうに私が継承するなんて烏滸がましい限りである…」と思いつつ今日まできている。

世の中、政治・経済・文化の三つが成り立たなければ国家でないと嘯いていた時もあった。その文化の担い手として豪語している部分が見え隠れする。然し、気が付けば、それすら関係ないことである。ただ、只管信じた道を歩むだけである。それが書家であろうが、愛好家であろうが、凡人であろうが、その道を歩まなくてはいけない。やはり「偉そうな戯言はひかえるべきである」と反省もする。

人の為、世の為、自分の為、柳田家の為。どれでも構わない。その「為と言う言葉すら、あやふやなものはない。人は、日々慌ただしく過ごしている。それ相応に生きている方も大勢おられる。そこから学ぶ事も多くある。その方々に尋ねたい。人生って…。

ただ、神様、佛様が実在していれば、大いに感謝すべきであろう。でも見たこともない神佛に対し何を感謝すべきか。一つ言えることは、今日まで生きて来られたのは何かの力であろう。その何かに感謝するべきかもしれない。

「書」の魔力に魅入られた書人の戯れ事である。

3月1日

最近、「書」に関して、一体どれが「正しい」のか「正しくない」かが難しくなってきた様な気がする。過去の「書」の作品(中国古典書も含め)を見ると、少なくとも楷書作品には名筆が少ないのも事実である。だからと言って無理矢理に楷書を「正しい書」と断言も出来ない。では、本当の正しい「書」とは…。結論を言えば、見る側の受け止め方一つになる。よって「好き・嫌い」で判断される。自分の思ったものが「正しい書」となる。それ以外の作は解らないからノーコメントとなる。

さて、書人の立場から言えば…。意外と自信を持って書いている場合が多く、自分の作品に対しては満更でもないと思うのが当たり前でもある。他人の作品は、心のどこかで受け入れられない。不思議である。ところが、一般的には有名な中国古典書を見ると、大体が「これは素晴らしい」と言う。その根拠は前述した「好き・嫌い」からではないか。かく言う私自身は、かの王羲之・蘭亭序の本当の姿が解らない。皆が良いから良いと言うことになるのか。でも良いのである。これが「正しい書」である。技術なのか、人物像から察しての評価なのか。唐の太宗が寵愛したからか?

本題に戻すが、本当の「正しい書」とは結局難しい、と言うより解らない。だから、書く側としては、謙虚な気持ちで「書」に対峙しなくてはいけない。「自分で、これは正しい書」と言い切るのは禁物である。兎に角、どんな書体を書こうが「書」を冒瀆しない事を心がけて貰いたい。了見の狭い考え方は避けたい。私は、未だ「正しい書」が書けているかが解らない。だからこそ経文を書き、どこかに救いを求めているのかも。

取り留めの無い話ではあるが、心中を察して頂きたい。

9月1日

第23回 泰書展が本日より始まりました。
初日から大勢の皆様にお越しいただき、ご挨拶できましたこと深く御礼申し上げます。また泰書展の開催を記念して開いたオープニングコンサートも大いに盛り上がりました。ありがとうございました。泰書展は、9月6日まで開催しております。皆様お誘い合わせのうえ、ぜひお運びくださいますようお願い申し上げます。

7月15日

  • 会期
    2016年9月1日(木)〜9月6日(火)
  • 時間
    AM10:00〜PM17:00
    ※最終日はPM15:00まで
  • 会場
    上野の森美術館
  • 住所
    東京都台東区上野公園1-2

主催 泰書会
後援 中華人民共和国駐日本国大使館・上野の森美術館
協力 奈良興福寺

今回の書展は薬師寺納経をはじめ五点の納経作品を出品。文字数にして約一万字の経文となりました。