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是非に及ばず
是非に及ばず
いい言葉だと思った。これを「書」の上での例えとして、私の思いを述べてみる。ただ見当違いな場合もあるが、そこは許して貰いたい。
最近の出来事に、経文の失敗が続いてしまった時期があった。珍しいことである。普段なら、せいぜい一枚か二枚、四、五百字ほど書いたところで、文字の書き違いが生じる程度である。それも、筆が馴れて軽率な心で間違える。ところが今回は、四枚続けざまの失敗であった。さすがに自分の愚かさが、身に滲みて感じられた。
これを修行というならば、この歳では無意味にさえ思える。若いうちの修行はいくら積んでも将来があるが、晩年ともなれば、かえって厄介なものとなる。一瞬にして、これまで積み重ねてきたものが、すべて気泡のように消えてしまう感覚に陥る。それでも、歩みを止めるわけにはいかず、なお経文を書き続けなければならない。
折しも、新聞のコラムに織田信長の「是非に及ばず」の言葉が紹介されていた。ふと、我に返った気がした。「善悪を論じる余地もなく、避けられない状況をそのまま受け入れること」との解説である。
とはいえ、現実には、改めて筆を取ることが怖くなった。また失敗するのではないか、その不安が先に立つのである。今の状況下では、よほど覚悟が必要であろう。これだけ長年、経文を語るように書き続けてきたにもかかわらず、このような状態に陥るとは、精神力、集中力、忍耐といったものすら無用に感じられてしまう。それでもなお、「是非に及ばず」と受け止めるより他に、道はないのであろうか。
(機関誌 泰斗令和八年二月号 巻頭言より)
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8月1日
善意の「書」とは
この原稿を書いているのは六月下旬。八月号の巻頭言として、今の教室の様子を少し振り返ってみたいと思います。
現在、泰書展への出品作品の制作は、いよいよ仕上げの段階を迎えており、すでに完成された方もいらっしゃいます。ここ数カ月にわたって「書」と真摯に向き合ってこられた皆さんの姿勢は、作品の一つ一つからも伝わってきており、本当に素晴らしいと感じています。
それに呼応する様に、出品されない方々も、半紙清書に熱心に取り組まれています。その様子からも、強い熱意や集中力が感じられ、作品に対する真剣な気持ちが伝わってきます。このような雰囲気は、教室全体に自然と根づいてきております。
なぜこれほどまでに、一人ひとりの集中力や熱意が高まっているのでしょうか。それはきっと、「書」と向き合う意識が、お互い感化し合い、深まっているからだと思います。その様な積み重ねが、これから開かれる「第三十一回泰書展」の質を高めている要因ではないでしょうか。
私自身も、教室の真剣な空気に背中を押されながら、日々作品づくりに励んでいます。ふとした瞬間に、会員の皆さんの制作に向かう姿が思い浮かぶこともあり、それは決して他人事では無く、一緒に書き続けているという「仲間意識」のような温かな刺激になっています。皆さんの作品と自分の作品が、心のどこかで繋がっているように感じられるのです。
「書」に限らず、あらゆることの根底には「善」があるべきだと、私は信じております。この考え方は揺らぐことがありません。柳田家の家訓に「真善美」と言う言葉があります。「書」の本質とも深く通じ合う理念だと、改めて実感しています。
(機関誌 泰斗令和七年八月号 巻頭言より)
