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一つ終えれば・・・
一つ終えれば・・・
昔、和歌山の根来寺で約一年四ヶ月程、お世話になったことがあります。在家の身でありながら、総本山の門をくぐらせていただき、貴重な日々を過ごす事が出来ました。
私の仏道の師である関尚道猊下は、当時すでに「稀に見る高僧」と称される方で、そのような方に仕えることは、身の引き締まる思いというより、むしろ気が滅入るほどの重圧を感じていました。
そんな私に、師は「君は本堂と奥の院の掃除だけをすればよい。あとは経文を書いて過ごしなさい」とだけ仰いました。とは言うものの実際には、参拝団の対応に対し右往左往、慣れない法要の準備、また、給仕や布団敷きなど、多くの雑務にも追われ、慌しい日々を送っていました。その経験は貴重なものとして、その一つ一つが修行だったと今では思っています。これは感謝あるのみです。
忘れられない一つに、奥の院の石畳の回廊を掃除した経験です。掃いても掃いても落ち葉が降り続け、果てしない作業にため息をつきながら掃除をしていた時、ある高僧がこう言ってくださいました。「落ち葉を一枚拾えば、一つ何かが終わり、何かを得ることになるのです」。当時は、それすら理解出来なかった自分でした。その言葉を真に受け入れられたのは百寺納経後半頃でありました。結果、その金言が百寺納経の歩みから満願成就へとつながっていきました。
人は、苦しい時にこそ、自分が何をするべきかを問われる・・・今年は、例年以上にそのことを深く実感する一年となりました。
書人・柳田泰山に関わられている全ての方に心より感謝申し上げます。来年も何卒、宜しくお願い申し上げます。
(機関誌 泰斗令和七年十二月号 巻頭言より)
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7月1日
満願成就
「満願成就」とは、願掛けが叶うこと。神仏に祈った願いが成就すること。さて、私自身、百寺納経が達成はされたものの、今では「満願成就」とは程遠い感じがしております。これは不信な言い方かもしれません。正直、神仏に対し、大それた事を誓ったものだなと、正直なところ今は身も縮むほど恐れ入る状態なのです。
確かに、「志は高く・・・」と三十年前に誓った事なのですが、軽はずみな言動であったかもしれません。今であれば腰が引けてしまい、おめおめと経文を書こうとはしなかったかもしれません。そこには当時、泰書會創立という思い枷に縛られた時でしたから、必死な思いで、この軽はずみな思いが生じたのではないでしょうか・・・。「人間必死になると、何をやらかすか・・・」の悪しき例かもしれません。
今では、決して自慢でも無く、達成感も無く、如何にこの成就に対し、深く反省というか、もっとしかるべき対応で、経文に対さなければいけなかったのではと、思い悩んでおります。
各々の作品に対し敬意があったのか。これは経文を書くと言うことは「佛様」に対峙する事にもなります。ただ、信心を持って書くことも大切と考えておりましたが、そこは伏せて、楷書の経文を如何に柳田楷法で書くかに徹底していた事は事実です。そこには柳田楷法の伝統が重くのし掛かっております。伝統を守るのも歯がゆいもの。経文を書くのも、心の思いがうつろでは・・・。とにかく、これからの諸々を甘受して、これからも出来得る限りの真摯な姿勢で経文に対峙し、努力をして精進しなければいけない・・・。
これこそが、三十年の成就の答えなのかもしれません。
(機関誌 泰斗令和七年七月号 巻頭言より)
